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114話 脱退

「なあ、諸星さん、お金に困ってるんだろ?」


 俺は、泉から頼まれた会合の件についてなんとか話を通すため、夕食の席でそう切り出した。

 美咲が珍しくタダ飯に顔を出してこなかったので今こそ切り出すタイミングだと思った。


「なに、悪徳金貸しみたいなこと切り出すんだよ。傑くん」


 諸星さんは、ニヤリと広角を上げるとそう返した。


「それで、どうなんですか?」


 俺は、とぼける諸星さんを無視すると、再び、言葉を続けた。


「僕は、多重債務者になってもまだ法定金利の枠に収まるところからしかお金を借りてないんだけどね」


「俺、いい話を持ってきたんだ」


 俺は、もう誤魔化させないと、そう諸星さんに切り出した。


「詳しいことは言えないけど、諸星さんにとって悪い話じゃないと思う」


「一応言っておくけど、僕には会社を売るつもりはないからね。そうじゃないと……」


 諸星さんはそこで言葉を止めると俺の顔を見た。


「先方からはいい話があるとしか聞いてないよ。どんな話かは言ってみないと分からない」


 俺は泉から諸星さんを会合の場へと引っ張り出すようにしか言われていなかったのでそう返した。

 

 と、諸星さんが何かを言い出そうとしたタイミングでドアが勢いよく開く音がして美咲が部屋に入ってきた。

 そして、入ってくるなり、なにやら訳知り顔で話し合っていた俺たち二人を見て何かを決心したように頷くと、言った。


「私、Vセカイから移籍するよ」


「お、お前、良いのかよ、それって」


 俺が、そう美咲の言葉に対して驚愕の声を上げると、諸星は今まで見たことないくらいすっと感情を殺したような声音で言った。


「良いのかい? 美咲? 僕は絶対にワビちゃんの権利を手放さないよ」


「いい、もう、社長のこんな様子見てたくないから、私を不登校から救ってくれた最高に悪徳な社長との腐れ縁もここまでにしたいから」


 俺が、急激に進む事態に考えを巡らされていると、諸星は言った。


「じゃあ、行けばいい、どこへでも。本当の君がどうしようとも僕には止めることはできないから」


 諸星がそう言うと、美咲はなにかの感情を押し込めるように、ちらと俺が編集途中だった美鈴とワビちゃんのコラボ動画のサムネイルを見て、最後に逡巡したような表情を浮かべてから、再び部屋から出ていこうとする。


「それで、美咲、ひとつ聞いてもいいかな? 移籍先はどこなのかい?」


 諸星さんがそう言うと、美咲はとびきり悪い笑みを浮かべると、俺と諸星さんを見て、言った。


「メタガラス!」



「傑くんは、知っていたのかい?」


「知らない」


 これが誰の差し金かは何となくわかっていたが、俺も美咲の事務所移籍に関しては全く預かり知らぬことだったのでまったく隠し事をしてないかのように言葉を返していた。


「これで君を引き抜いて、少しはマシになっていた収入事情もパーだよ。美咲と違って、一人でもある程度の強みの出せる君がいる分にはまだ持ちこたえられそうだけど、それも数ヶ月かな」


「それで、諸星さん、あの話なんだけど」


「分かったよ。行けばいいんだろ。ただ、さっきもチラッて言ったと思うけど、僕は会社を売るつもりはないよ。だってそれじゃあ、家族と離れ離れになった意味が無くなるからね」


「……分かったよ。先方にはそう伝える」


 泉がなにをどうするつもりで俺に諸星を呼び出すように伝えたのかは何も知らなかったけど、これで泉に頼まれたことはすべてやり遂げたことになる。


「僕は疲れたから部屋に戻るよ」


 その言葉に裏に、会社が傾いてもなお所属し続けていてくれた美咲の脱退がどれほど影響しているかは俺にはわからなかったけど、俺には諸星さんの心が悲鳴を上げているように見えた。

 

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