113話 信じる
「それで、私は一体何をすればいいの?」
泉さんの頼みたいことがあるという言葉にこれまたなにやら難しいものを感じた私は少し硬い声でそう尋ねた。
「ふふ、言葉で言う分には簡単だよ。ワビちゃんのメタガラスへの移籍交渉だよ。それも、Vセカイの買収交渉が成功する前のね。いや、松前美咲のメタガラスへの移籍と言った方が正確かな」
その言葉に私はワビちゃんと会話したときのことを思い出す。
美咲ちゃんはVTuberとしての自分に譲れないこだわりがあって事務所に残ったって聞いた。同じ事務所の他の子は別の体で転生したり、引退したり、活動休止したりする中、ただ一人ワビちゃんだけが沈みゆく事務所にしがみつきながら、小さな体で再び浮き上がらせようともがいていることが話す中で良く分かっていた。
……だから。
「そんな難しいことを私に頼むの」
私は、そう泉さんに返していた。
「ふふ、僕も彼から彼女のあらましは簡単に聞いているからね。だからこそ、彼女の移籍が諸星へ少なからず衝撃を与えることは確かだと思う」
「あの、よく話が見えないんすけど、一体どういうことっすか?」
確かにワビちゃんの内情をしらなければこの会話の内容は分からないだろう。私は、ワビちゃんがVセカイに残っている理由をみんなに話した。
「確かに、そんな理由があれば、美咲ちゃんをメタガラスに移籍させるのは難しそうっすね。ワビちゃんの権利を持っているのが諸星だとしたら、なおさら」
「だってそれは、美咲ちゃんに大事なもう一人の自分を捨てさせるようなものだもん」
私は、美咲ちゃんのことを思ってそうこぼした。
「だからこそだよ。だからこそ諸星へのこの一打は決定的に効果的に作用するはずさ」
美咲ちゃんの移籍はたしかに効果的だと思う。いくら給料が不支払いだったとしても頑張れるだけの理由になっていたんだから。
「僕は、彩さんにならできると思っているよ。その人の悩みを聞く天賦の才は同じように、いろんな人とコラボしたりして話をするのが得意なワビちゃんの深いとことに届くと信じている」
いつも理路整然と理屈の通ったことばかり言う泉さんのただ、信じているという言葉に私は単純にも”できる”と思ってしまった。それなら私は……。
「やるよ、泉さん。私、美咲ちゃんを説得してみせる」
私のその言葉に泉さんはしかりと頷いた。
*
「それじゃ私は早速、お茶会とでも称してはなちゃんとアポを取ってみるっす」
「お願いするよ。彼からも了解のメッセージは来ているから、また都合の合いそうな日程を聞き出してもらえるかい? その日に合わせて彼に諸星とのアポを取ってもらうよ」
「私も美咲ちゃんと話してみるわ」
「よろしく頼むよ。ああ、移籍って言ったけど、その移籍を諸星へと報告してもらうのは諸星とはなさんと僕たちとで会うタイミングまで待ってもらえるかい?」
「良いけれど、どうして?」
私が疑問に思ってそう尋ねると、泉さんはいつもの悪い笑みを浮かべると言う。
「それが、彼にとって一番堪えるからさ」
その言葉に私が聞かなきゃよかったと心底思っていると、エイヴェリーさんが言う。
「Sな烏城もこれまた……」
私が美人なのにこれは残念だなーと心底思っていると、今度は田所くんが言った。
「もうすぐ、メタガラスも元通りになるのでありますなあ」
珍しく田所くんが真面目なことを言ったのでみんな思わず、まだ平和だけど騒がしかったあの頃を思い出してしまって黙ってしまった。
「すみません。エイヴェリーどのがおっちゃらけてこんな雰囲気になるもの懐かしかったもので」
田所くんが慌てた様子で言ったので、私は頭を振ると言う。
「違うの、早くそんなメタガラスを取り戻さなきゃって思っただけだから」
その私の言葉にみんなも力強く頷いた。