109話 久しぶりだね
夕飯を食べたあと、俺は食後の散歩だと二人に言い残すと夜の田舎道へと繰り出した。
「見栄、ね……」
諸星が零すように言った見栄という言葉。俺はその言葉が引っかかって、食事の途中にロクに言葉も交わさずに、そのまま秋風で頭を冷やそうと外に出てきていた。
「俺、なんで今更こんなものなんて持ち出してるんだろうな」
俺の手元にはスマホがあった。泉の連絡先の入った、あのとき手に取ることのできなかった方のスマートフォン。
「今更、泉を頼ってもいいのかな」
そう言いながらも俺は連絡先アプリを開いていた。
「こんなにたくさんの仲間がいたんだよな」
連絡先に登録してあるみんなの名前をスクロールしながら俺はそう呟いた。
今のたった3人のVセカイじゃなくて、ホントはずっとこっちの本当の仲間と一緒にいたかった。
「泉なら全部ぜんぶ丸く収めてくれるんじゃないかな」
自分から逃げておいて今更なにを言うんだっていう自分のもう半分の声が聞こえたけれど、俺は目を閉じて、スマホの画面をタップした。
呼び出し音は3コールだった。
あまりの早い応答に泉の自動応答メッセージかとも思ってとっさに切ろうとしたら、少しノイズっぽい音声のあと、とても懐かしい、あのハスキーボイスが聞こえてきた。
「久しぶりだね。僕の予想よりも早く泣きついてきたね」
その勝ち気な、いつもの泉らしい言葉に俺はメタガラスを抜けて以来、ほとんど流さなかった涙を袖で拭いながら、答える。
「誰が泣きつくもんかよ。俺は競合他社の情報収集のためにわざと移籍したんだよ」
俺がそう言うと、泉はあの懐かしいニヒルと笑うような声で答える。
「全く、君は僕と違って堂々と犯罪行為を告白してくるね。まあバレなきゃ犯罪ではないからいいのだけれどね。僕はチクったりする趣味はないから」
見に覚えのない犯罪行為に俺が少し考え込んでいると、泉はため息をつくと、言った。
「今からそこに向かうから、そのままその公園にいたまえよ」
泉はそう言い残すと、通話を切った。そして、俺は困惑するように、スマホを片手に、頭に手を当てて、先程までに自分が放った言葉を思い出してから、手元のスマホに目線を戻す。
「あの野郎」
追跡アプリという言葉が頭をかすめたが、今更だと俺は思い直す。
泉が電話に即応答したのも、ずっと追跡を逃れようと電源を切っていたスマホの電源がついたからかなとか随分と自分に都合の良い想像をしてから俺は今、秋風の中、公園にいることを思い出す。
「寒い。厚着してくりゃ良かった」
その寒さを泉を、そして、みんなを裏切った俺へのささやかな罰だと思うと、ポケットに手を突っ込んで、泉が来るのを待った。
*
てっきり翼さんの車で来ると思っていたのに、公園の前に止まったのはタクシーだった。
「さてと、僕も長話をするつもりはないからね。簡潔に言うよ」
「ああ」
俺はてっきり第一声で糾弾が来ると思ってたから予想とは違う言葉にただそうとしか返せなかった。
「僕は僕の仲間に危害を加えた者を許すつもりはないよ。徹底的に叩き潰して、僕たちの敵に回ったことを後悔させる」
「……ああ」
「これを諸星のパソコンのUSBメモリに挿入するといい」
「これは?」
俺がそう尋ねると、泉は底冷えのする笑みを浮かべると、言う。
「君たちに支給しているパソコンに入っているソフトの上位互換だよ」
「ほ、ほう」
さらっと今更な告白が聞こえた気がしたが、泉は更に言葉を繰り出してきた。
「君にも責任の多くがあるわけで、逃げ出したという減点もあるわけだけど、一応、被害者な訳だからね。君から、そもそもの原因を作り出したVセカイへの処罰への意見はあるかい?」
「俺は……」
そこで俺は、自分でもなんでそんなことを言うのか不思議なくらいツラツラとある言葉を紡いでいた。
「……全く、君は僕と違ってお人好しだね」
泉はそんな俺の言葉に呆れたようにそう吐き出した。
「一応、君の意見も参考とするけど、僕も大切な仲間を取られて久方ぶりに怒りを感じているからね。善処するとだけ答えておくよ」
そうと言っても俺には泉がなんだかんだで俺の意見を聞き届けてくれる未来が見えていた。
「でさ、そもそもなんでメタガラスを脱退する羽目になったは聞かなくていいのか?」
諸星やらVセカイという単語や、諸星が黒幕というところまで分かっているところを見るに事件の大まかなところは知っているみたいだったが、俺は確認するように尋ねた。
「僕が仲間を引き抜かれてただ呆然としていたと思うのかい?」
そんな言葉に俺は苦笑いを浮かべると、首を振る。
「そうは思わないな」
「それが分かってるなら君は僕を信じて、そのスマホに来たメッセージの通りに動くといいよ」
「ああ」
「じゃあ、そろそろ君のアパートに転がり込んでいる女の子が探しに家を出たみたいだから僕は退散するよ」
その言葉に俺は一体、どこまで泉は見透かしているのだろうと不安になるも頷いた。
「じゃあ」
「泉、逃げてごめん。信じてもらったのにこんな体たらくでごめん。必ず必ずもとの仲間に戻るからさ」
俺がそう言うと、泉は止めてあるタクシーに戻りながら言った。
「まだ、僕は許さないよ。それはみんなが許してからだ。……僕が逃げた時ももみんなに謝らされたからね」
その言葉に俺は無言で頷いた。
公私とも忙しくて更新滞っておりますが、続きを待っている方がいらっしゃったら本当に申し訳ないです。
エタらず頑張るのでのんびり待ってもらえると幸いです。