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106話 諸星、来襲

「ねえ、もうすぐ社長来るらしいよ」


 今日の配信が終わり、部屋でくつろいでいると、唐突にそう声がかけられた。


「あのなあ、勝手に入ってくるなよ。というか諸星さんが来るって?」


 ベランダのガラス戸を施錠することを諦めている俺も悪いが、美咲は我が者顔で部屋に入ってくるとそう言ってきた。というか諸星さんが来るとはどういうことなのだろうか。俺はメタガラスを脱退することになった原因であるその人の来訪の知らせに顔をしかめた。しかし、美咲はそんな俺の内情などどうとでも良いというように続ける。


「いや~ここ、書類上はVセカイの所在地になってますからね」


「……は?」


 俺が思わずそう言うと、今度は施錠しているはずの玄関が開いたような音がした。


「……は?」


 俺が思わず本日二度目のは?を発動すると、数秒もしないうちに、くたびれたスーツ姿の諸星がリビングのドアを開けて入ってきた。


「あの? 諸星さん。今どこから入ってきました?」


 俺が困惑を隠すこともせずにそう聞くと、諸星は美咲と良く似た悪びれもしない顔で言う。


「いや、そりゃあもちろん玄関だよ」


 玄関以外からどうやって入ってくるのか質問するかのような諸星の調子に、ベランダのガラス戸から毎度のごとく入ってくる美咲の方をちらりと見てから、俺は確かめるように渡す相手もなく入居からこのかたキーストラップにつけられたままの二組の鍵を手にとって見た。


「あの、鍵はこの2つしか存在しないはずなんですが」


 俺がそう言うと、美咲がやけによそよそしい態度になっていることに気がついた。


「お前が元凶か?」


 その言葉には美咲の代わりに諸星が答えた。


「先日、10月25日付けでVセカイ本社はこのアパートになった」


「それで、諸星さん。百歩譲ってここをVセカイの本社にするとして、そのスーツケースはどういうことですか?」


 俺が、青筋の立つ額の感覚を感じながらそう聞くと、諸星はなんとでもないことのように言う。


「ついに、借金が回らなくなってね。ビルなくなっちゃったよ! ハハハ!」


 諸星は何が面白いのかそう言いながら、真顔になって続けた。


「しばらく泊めてもらうよ」


「絶対に嫌です」


「じゃあ、僕と一緒に泊まってくれる? 美咲?」


 諸星は今度は美咲に対してそう言った。すると、美咲はすこぶる嫌そうに言う。


「ほんと、絶対に嫌です」


「うーん、絶対に嫌とほんと、絶対に嫌だったら、ほんと絶対に嫌の方を尊重してあげたくなるな。おじさんは」


 諸星はわざとらしくそう言うと、決めたと言うようにスーツケースの中身を部屋に広げ始めた。


「美咲、部屋チェンジな」


 俺が思わずそう口に出すと、美咲は頬に手を上げて、わざとらしく腰をくねらせた。


「いや、私の匂いの染み付いた部屋に泊まりたいって言われても美咲ちょっと恥ずかしい」


「……」


 俺は無心になると、クソデカため息をついた。


「諸星さん、寝室はプライベート空間なんで入らないでくださいよ」


 俺が妥協点としてそう言うと、諸星は嬉しそうに答えた。


「もちろんだよ。本当に助かった! いや、ごく当たり前のことだけど、借金っていうのは、元金を減らさないといつまでも返し終わらないし、利息に足りなければ際限なく増えるものなんだよね。ハハハ」


 諸星は救いようもなさそうなそんな言葉を残すと、さっさと空っぽになったスーツケースをまくらにして寝始めた。

 俺が、突然の睡眠に目を丸くしていると、美咲が呆れたように言った。


「東京から、こっちに来るためのお金もなかったらしいよ」


 俺は呆れたように鼻息をつくと、言う。


「本当は、もっと恨んで、追い返すくらいのことをされてるはずなんだけど、なぜか恨みきれないんだよな」


 俺がそう自分の本音を言うと、美咲は肩をすくめると言った。


「私だって、Vとしての体で脅されているとはいえ、なんだかんだ今の今まで折れずにVセカイに残っているんだからやっぱり何か持ってる人なんだとは思うよ」


 なんだか、俺たちらしくない真面目な会話をしたからか、続く言葉もなく、数秒、静かな時間が過ぎた。

 すると、美咲は場の雰囲気を変えるためかいたずらな笑みを浮かべてからかうように話してきた。


「寝室がプライベート空間って、君、寝室でナニをしてるのかな。いや、まあゴミ箱にあるティッシュから変な匂いがしてたことは今まで黙ってたけどさ」


 その言葉に俺が思わず、そのゴミはいつも配信している部屋とは別においてあるしなとかアホな考えをしていると、美咲はそんな俺の間抜け顔を見たのかニヤニヤして言った。


「冗談だったんだけど、君のその顔を見ていると図星みたいだね」


 俺がその言葉に顔が赤くなっていることを自覚しながら否定の言葉をあげると、美咲はガラス戸に手をかけながらベランダに逃げ出した。


「黒髪ロングのツンとして見えて意外に可愛いところのある幼なじみのことでも考えてたんですかね~」


 美咲はそう捨て台詞を残すとそのまま自分の部屋へと戻っていった。


 俺は、苛立つ気持ちを少しでも発散させようと、諸星の寝ているスーツケースを少しだけ蹴飛ばすと、そのまま自分の寝室へと戻っていった。

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