101話 雑談
「なあ、お前ってなんで他の人みたいに事務所移籍しなかったんだ?」
配信を終えて機材の片付けをしている間、なにしろ自分の部屋なので直ぐに機材の片付けを終えてしまったので手持ち無沙汰にそう尋ねた。
それに対して、落ちたリモコンを取ろうとローテーブルの下に体を突っ込んでいるなんとも目のやり場に困る格好をしている美咲はそうっすねと答えながらも続きを喋ることもなくさらに体を突っ込んでいった。
俺は紳士的にも目を逸らしながらさらに尋ねた。
「諸星さんがちらって言ってたけどさ、お前、今のVTuberとしての体にこだわりがあるらしいじゃんか、だからって給料が未払いになってまでこだわることなのかなって思ってさ」
俺がそう聞くと美咲はリモコンを取るのは諦めたらしくぶすっとした表情で頭を出してきた。
「女の子には秘密があった方が魅力的だと私は思いますよ」
「いや、言いたくないなら教えてくれなくてもいいよ。ちょっとした興味だからさ」
俺がそう言うと美咲は仕方ないと言うように言った。
「私、学校行ってなかったんです。高校1年生の途中から」
「うん」
予想してなかった言葉に俺はそう返すことしかできなかった。
「ほら、この話したらほとんどの人はこういう反応するよね。前事務所で一緒にやっていた子もそうだった」
美咲はそう言うと続けた。
「学校では受け入れてもらえなかった私がネットの世界ではたっくさんの人から受け入れられた! 今もこの世界に誘ってくれた社長の言葉を覚えてる。 『もう一人の君にならないかい?』私はこの言葉に救われたの。 もう、ただの『美咲』には戻れないの。 本当の私は『ワビ』なの」
美咲はそう言うと、言葉を止めた。
俺は今、目の前にいる美咲も俺は受け入れるよと言おうか迷って、言うのをやめた。
美咲がそう言ってもらいたいと望むのはきっと、学校で美咲を受け入れてくれなかった人だったり、画面の先の顔も分からない人たちにだろうから。
「だから、私は私の居場所を守りたい。そのためにはどんなにみっともないことも情けないこともする」
美咲はそう言うと、へにゃっと崩れた笑みを浮かべて俺を見つめてきた。
「良いっすよ」
「なにがだよ」
俺の困惑の声に美咲はククと笑って返した。
「君はお人好しだね。社長に怒りを向けられない分、私に向けて良いって意味だったのに」
「そんなのお前に向けたって仕方ないだろ」
俺がそう言うと、美咲は言う。
「ほんと、世界中の人が君みたいだったらいいのに」
「俺は、色んな人がいるから世界は面白くなるって思うけどな」
俺の言葉に美咲は同意も否定もせずに別の質問をしてきた。
「次は君の番だよ。なんで君が男の子なのに女の子VTuberになってVセカイまでたどり着くことになったのか聞かせてほしいな」
その言葉に俺は自分でも不思議なほどすらすらと、俺が辿ってきたこの一年間の出来事を話し始めた。
*
「それで、振られたことを紛らわせるために投稿した写真で脅されてこんな目にあってるのが俺だよ」
企業秘密になるようなことは除いて、なぜか彩に振られたことまで洗いざらい喋ってしまった俺はそう言って話し終えた。もともとコラボ動画を主戦場にしていたワビちゃんの中の人なだけあって笑ったり相槌を打ったりがびっくりするほど上手くて、俺自身も驚くほど喋ってしまっていた。
「まあ、色々大変だったね。私も元々事務所にいた子たちとは色んな思い出あるけど、君たちほど濃いのはなかったもん」
美咲の言葉に俺は思わずというように言っていた。
「美咲ってどこか彩に似てるところあるな。こうやって人の話を聞くのが上手いところとかさ」
「それ、口説いてるの? 君」
「そんな訳ねーよ」
俺がそう投げやりに答えると、美咲は冗談っぽくぶすっとした表情を浮かべながら言った。
「好きな子と似ているってふつーに口説いてるって思われても仕方ないと思うよ」
「悪かったって」
俺がそう返すと美咲は俺の使っていたリモコンを手に取った。
「こっちもらってきます。君は私がテレビ台の下まで押し込んでしまった方を使ってください」
「……なんでだよ」
俺がそう返すと、美咲はにベランダのガラス扉に手を掛けながら言う。
「そういう気分だからです」
「そうですか」
俺の返事を聞く前に美咲は既に自分の部屋へと帰っていた。
「俺の部屋のセキュリティは大丈夫なのだろうか?」
俺はそうつぶやくと、せめて貴重品だけでもと通販サイトで金庫を調べ始めた。




