1.出会い
英雄とは、常人には成し遂げる事が出来ないような偉業を達成した者。類まれなる才能によって功績を者をさす。
「……98、99、100!」
「よし!そこまで!」
ヘルムスさんの声で素振りを止め一息つく。
素振りと言っても木の棒を振り回すだけなんだけど。
「俺たちもこの村にいるのは今日までだから、教えられるのはここまでだな。」
「はい!ありがとうございました!」
「まあ、振る姿は一人前になったな。これでお前の目指す英雄とやらにも近づけるかもな!」
ヘルムスさんは冗談混じりに笑い飛ばす。
「おう!そうだ、大したもんじゃないがこれやるよ。」
石のようなものを渡される。
透き通ったその石は見ているだけで飽きる事が無い魔力を感じる事が出来た。
「つっても、他の冒険者がよこしたやつより、ちっとだけお前にあってるがな!」
ヘルムスはそう言ってネックレスから、腰のベルト、武術から魔術まであらゆる系統の道具を持った僕の姿を見て笑う。
「あはは、皆さん親切で」
「まったく、張り合わないの、シノも困ってるじゃない。」
不意に後ろから聞こえた声は、ヘルムスさんのパーティーメンバー、マナイさん。呆れたような諭すような口調はいつも通りだ。
「シノは可愛いからそんな荒事しないの」
「はっはっは!確かに女みたいな顔立ちだからな!」
爽快に笑うその姿ももうすぐお別れだと思うと何だか寂しさを感じさせる。それでもあと数か月でギルドに登録できる年齢になる。そう思えば胸の高鳴りも感じる。
「おう!そんなわけで頑張れよ!俺たちは新しい遺跡に入ってくるからよ。」
「はい!」
僕の声が一段と上がる。
未知の発見がこの村であった、ごく普通の村に突如として現れた変化は枠内も枠外も騒がせている。僕も漏れずその中の一人だ。
「お、興味津々って顔だな。ま、冒険者なんて夢のある仕事だ、お前もなればこんな事に巡り会うだろうよ。」
「そうだ、一緒に潜らない?」
「え?」
「ああ、いいかもしれないな、危険度もないただの遺跡らしいしな。冒険者の練習ってことで。」
「い、いきます!」
土の中から掘り出されたと言われるこの村の遺跡。入り口からは年代すらも分からないような不気味な深さを覗かせている。しかし、それすらも人を引き付ける魅力に変わるような何かがあった。
「そんなに緊張するなって昨日も言ったが何もいやしなかった、それに深くまでは行かないさ。」
ヘルムスさんの言う通り何もない建物としてだけの空間が続く。
「ホントに何もないわね。」
「ああ、ダンジョンでもできたと思ったが本当にただの遺跡みたいだな。」
ただ、何かのいたずらかそんな安心は通用しないようでヘルムスさんの顔が一瞬で強張る。
僕たちを中心に魔法陣が浮かび上がる。
「しまった!転移トラップか!」
「伏せて!」
足元の床が眩く光る。
ヘルムスさんは僕とマナイさんを守るように前に出て、マイナさんは僕の頭を下げさせる。それでも一瞬の事で光と共に変わった景色は僕らを白い空間へと導いた。
そしてその光が晴れると共に感じたのは重力に従い床に付いた自分の体。
「き、気が付いたか!すぐに!逃げろ!渡した石は離脱用の転移石だ。ギルドに直接つながってる。」
一瞬何を言われているのかわからなかった。僕は地に伏し、ヘルムスさんとマイナさんが巨大なゴーレムと戦っていた。装備は曲がり手に持った武器は機能するとは思えないような形状になっていた。
「で、でも」
「俺たちは良い!すぐ使え!それにただの遺跡じゃないってことも外に伝えないと!人里が近いんだ!」
「早く逃げて!」
『ゴオオオオオオオオオオ』
ゴーレムは雄たけびを上げると二人を吹き飛ばす。
「に……げろ」
壁に打ち付けられた彼らは地に伏せる。
ゴーレムは意識のない者には攻撃をしないようでゆっくりと僕に近寄ってくる。攻撃手段のない僕にはヘルムスさんたちほどの力を使わないのだろう。じりじりとにじり寄ってくる。
逃げることだってできる。怖くて足が震えている。でもここで逃げたたら永遠に逃げた事実は、見捨てた事実は、僕の目指す英雄と言うものに到達できない過去になる。
しかし、二人との距離は遠く近くに行けたとしても離脱できるか分からない。それにはこのゴーレムの気を反らすような。
「剣?」
一振の剣が目の前に置かれていた。
いつからそこにあったのか、白い刀身を持つ剣。細かい装飾はないが言いようのない存在感を放つ。
なりふり構わずそれを握ったのか、魅せられた心で構えたのか覚えていない。いつの間にか僕の手におさまっていた。
『私を見えるのがこんな小娘とはな、いや?小僧か?』
横には僕よりも小さな金の長髪を持ち薄紫の服に身を包む少女がいた。
「き、君は……」
『喋ってる暇はないぞ、目の前を見ろ』
さっきとは比べ物にならないスピードで迫ってくる。拳を掲げ、いかにも仕留める体勢に入っている。
『体を右に引け』
相手に合わせたのか、剣に合わせたのか、極少ない動きで攻撃を避ける。叩きつけられた拳は僕の足元を揺らし地面を抉る。
直撃であれば一溜りもなかっただろう。
『振りかぶれ、そして腕を狙え』
いくら巨体を持っていても僕を狙った腕は低い位置に、僕に断てと言わんばかりの位置に及ぶ。
素振りとは違う、それでも素振りのように振り下ろす。
パキン
たったの一太刀でゴーレムの腕がとれる。ただ、痛覚のないゴーレムは続けてもう片方の拳を下から突き上げる。
『懐へ跳べ』
片手を失った相手の懐に入り込む。
『右の胸に刺突』
刀身はなんの抵抗もなく胸部に飲まれ、ゴーレムは動きを止める。動力を断たれた機械は遺跡と変わりなく、動くことはなかった。
はるか昔、大戦の時代、長きにわたり続いた争いは一振りの剣によって終わった。
その技物はその後、聖剣として祀られ平和の象徴とされた。その間も争いは起きたが、その聖剣は使われることはなかった。いや、正確には使うことができなかったのだ。素質のない者はその膨大な力を受け止める事が出来ず消滅する。そんな特質もあってか罪人に聖剣の儀と銘打った罰に使われ、挙句世代を重ねるごとにその剣自体の功績を覚える者はいなくなり人の魂を吸い続ける魔剣として語り継がれ封印、そしてまたそれすらも忘れられた時代の話。