僕の姉の正体
そんな後悔はさておき、僕は鞄を取って教室を出る。
当然と言わんばかりに折鶴さんはぴったり背後にくっついてきた。
校門を出ても何食わぬ顔で続けてくるので、予め忠告しておく。
「……あの、折鶴さん?僕この後寄らなきゃいけない所があるから駅とは反対の方行くんだけど」
「構いません。例え地獄の果てまででもお付き合い致しますわ」
腕を絡めながらとんでもない宣言をされる。
だが僕とてこう来るのが予想できなかった訳じゃない。
優しく引き離しながら言い聞かせる。
「でも今日木曜日だよ。折鶴さん毎週木曜は家でバイオリンの練習があるって言ってたよね?」
「……!」
思い出したと言うように折鶴さんは肩をびくっと震わせる。
さすがに彼女と言えども家の方針には逆らえないみたいだ。
やがて肩の震えは全身へと伝っていく。
「ううぅ……」
いや、それにしても震えすぎじゃないかな?
6歳の頃からやってるらしいから今更練習が嫌って事は無いと思うし……
じゃあ何でこんなに反応してるんだ?
僕と別れるのが嫌だから…は自意識過剰だけどちょっとあるのかもしれない。
どうせ明日になったらまた会えるのに、と僕は素朴な疑問を抱いた。
折鶴さんは震え声のままおずおずと呟く。
「りょ、良太様が私なんかの習い事の日程を覚えてくださっていたとは……ここ光栄の至りです」
……普通に喜んでるだけだった。
その後、どこか名残惜しそうな折鶴さんと別れて目的の場所へ着く。
幸い今日は客が少なかったので並ばず買う事が出来た。
そのまま真っ直ぐ駅まで向かって電車で家まで一直線だ。
手に持った箱の中身が崩れないように気を付けながら家の鍵を開ける。
「ただい……」
「お帰りー!!待ってたよ~良太ぁ~」
リビングに続く廊下よりも先に僕の目の前に映るのは飛び掛かってくる姉の顔。
慌てて箱と鞄を横の靴箱の上に乗せておく。
せめて持ち物だけは守ろうと言う魂胆だ。
「ぐぇ!」
避ける事も出来ず勢いのまま玄関に押し戻される。
僕の体はそのまま両腕を覆うような形で抱き着かれてしまう。
引きはがそうにもがっちり拘束されているためこっちからは何もできない。
「何してたの?昨日より18分も帰りが遅かったんだけど~」
「そ、それには深い事情が……」
「あ~もしかしてまた他の女の子と遊んでたの?お姉ちゃんが居るって言うのに?」
「違うよ!買い物してきたからなんだって!」
早く離れてほしい為素早く弁解を行う。
厳密には違うとも言い切れないんだけど、本当に遊んではいない。
またこれだ…。心の中でぼやく。
僕の眼前に居る白衣を着たミディアムヘアの女性。
彼女こそ僕の義理の姉、金本 怜奈だ。
その大人びた容姿と服装から一見知的な保険医の様な印象を受けるが下は部屋着の黒いTシャツと短パン。
何故白衣を羽織っているのかと言うと……本人曰く無いと落ち着かないから、らしい。
遠慮なく言ってしまえば姉さんは怠け者だ。
22歳にもなって毎日毎日好きな時間に起きて好きな時間に寝る生活。昼夜逆転がデフォルトだ。
とある仕事でお金を稼いでこそいるが、基本的に家からは一歩も出ようとしない。
学校の人たちがこの姿を見たらさぞかし驚くだろう。
だがこう見えて意外にも家事は一通りできるんだ。
僕の技術力はほとんど姉さんから教わったと言っても過言じゃない。
だが出来るだけで、実際やりはしない。
何故かと聞くと「面倒くさいから」と一言。
シンプル過ぎて逆に反論が出来なかった。
結局姉さんの怠けの分は弟である僕にしわ寄せが来る。
頼られると断れない僕はついつい頼みを聞いてしまい……身の回りの世話をこなした結果。
「もうお姉ちゃん良太無しじゃ生きていけないから。他の人の所行っちゃだめだよ?」
こうなってしまった。
姉をダメ人間にしてしまった責任は僕にもある。
先程僕は正体を知る女子に等しく惚れられてると言っただろう?
学校内でこそないが……実は姉さんもその内の一人なんだ。