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見落とし

折鶴さんに気付かれたきっかけはとんでもない出来事だった。

こればっかりは僕に非は無いと胸を張って言いたい。


一月前、何でも屋の姉の噂を聞き付けた彼女は僕にあるものを手渡して来た。

「……ぬいぐるみ?」


それは全長50cm程の可愛らしいクマのぬいぐるみ。

しかしよく見ると右腕がほつれて取れかかっていたのだ。

成程、これを縫って補強すればいいのかな?


「自分でも直してみようとは思ったんですが……どうにも難しくて」

困った顔をする折鶴さんの手元をよく見ると、指先に幾つか絆創膏が貼ってあった。

恐らく針を動かす際に失敗して付けた傷だろう。


僕はにっこりと笑って二つ返事で引き受けた。

「いいよ!じゃあ姉さんに頼んでおくね」

「……!ありがとうございます!」


余程愛着のあるぬいぐるみだったんだろう。彼女の顔はたちまち晴れていく。

お嬢様なら幾らでもツテはありそうだし、何なら使用人さんに頼めばいいんじゃ?とも思ったけど。


何か事情があるのかもしれないし…いずれにせよ頼まれたからにはやるべきだろう。



家でぐうたらする姉を尻目に僕は裁縫セットを開けて腕の部分を縫い合わせていく。

別段難しい作業も無かったので丁寧にやっても40分ほどで終わった。


そして翌日、どうぞと渡してみるとびっくりする程に感謝を告げられる。

そんなに大した事はしてないけど……彼女からしたら大切な友達だったんだろうな。


「ほ、本当にお姉さんにお礼を言っておいてください!良かったぁ……」

泣きそうな顔をしながらぎゅっとぬいぐるみを抱きしめる折鶴さん。


安心しきっている姿を見て僕も満足する。

やっぱり他人が喜ぶのを見るのは気持ちいいものだ。


ここまでならいい話だなー……で終わったんだけどね。



二日後、家で夕食の献立を考えていた僕の元に折鶴さんから電話がかかって来た。


「もしもし、良太くんですか?先日はルシファーの件大変お世話になりました」

「う、うん。どういたしまして……」

一応最低限の応対はしたけど、僕は突然の出来事に混乱していた。


まず番号教えて無くない?ていうかあのクマちゃんの名前ルシファーって言うの?

数秒で様々な疑問が湧き出てくるが、それを口に出す前に向こうから衝撃の一言を下される。


「一つ確認したいのですが、あの子を直したのはお姉さんではなく良太くん本人ですよね?」

「え!?」


大声を上げて驚く。

そもそも僕がやってるのでは?なんて疑われること事態初めてだった。


しかも聞き方。ですか?じゃなくて…ですよね?なんだ。

完全に確信している言い方。


誤魔化せないと悟った僕は呆然と理由を問う。


「な、何で分かったの?」

「指紋です」


「しもん?……指紋!?」

「はい。我が家はとある事情で外部に物を出した際は一通りのチェックを行う決まりがあるんです」


当然ですと言わんばかりに淡々と折鶴さんは語る。

いや、どんな決まり?

一日修理に出しただけで指紋を調べるって……僕には全く想像できない世界だ。


「何度細かく確認しても私と良太君の二つの痕跡しか検出されなかったんです」


……完全に油断していた。

いや、こればっかりは油断じゃない。


いくら何でも指紋まで調べられるなんて、そこまで考えられる訳ないだろう!

お嬢様の凄さを思い知らされてしまった。



「ご、ごめんなさい。嘘ついちゃって……」

諦めた僕はゆっくりと偽りのない理由を一から語る。


自分が本来目立ちたくはないと思っている事。

それでも器用さをどうにか生かして周りを助けるために姉を利用した事。


中々に自分勝手な理由だ。

失望されるだろうな、と僕は想像していた。


だが、折鶴さんから返って来た第一声は予想と大きく違ったのだ。


「素晴らしい!!」

「……え?」


「良太くん……いえ、良太様とお呼びさせていただきますね」

何故か僕を敬うような呼び方をし始める。


「たぐいまれなる才覚を持ち、尚自分は陰の立役者に収まろうとする」

「そ、そんな大げさなものじゃ……」


「私は貴方と言う人間を心の底から尊敬しております!」



それからの彼女の勢いは凄かった。

お礼として数億円を渡そうとして来たり……事あるごとに僕の傍に近づいてきたり……


今に至っては結婚しようなんて言って来るし……


「新婚旅行はやっぱり海外がいいですかね?」

「いや結婚してないから!」


終いには求婚どころか既に脳内では結婚後の予定まで考えてると来たもんだ。

何度やんわりと断っても折鶴さんは諦めてくれそうにない。



あの時指紋の偽造さえしていればこんな事には……!

と、推理小説の犯人の様な思いを抱える。

さすがに日常生活を生きていく上でそんな発想は出てこない為当時の自分を責める気はない。



これ以降僕は他人の物を直す際には痕が残らない様に厚手の手袋を付けながら作業を行うようになったのだった。

最も普通の人は指紋なんて調べないし、今更やっても遅いって事は理解してるけどね…



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