姉の説教
「じゃあ、詳しい日程はまた学校でって事で」
「分かった。……ま、それなりに楽しみにしてるわよ」
一通りの通達を終えて通話を終了させてもらう。
暗転したスマホを充電器に刺した僕は安心してほっと胸をなでおろす。
「良かった……いつも通りに戻ってくれてた」
先程までの電話では今朝までの妙な距離は完全に消えていたんだ。
最も友達なの?という言葉の真意は未だ分からず終いなんだけど……
それでも、きっと誤解か何かだろう。
そう信じられるほどの空気感だった。
声に出してその事実を喜ぶ。
「良かった……僕と千佳は普通の友達なんだよね」
半ば自分に言い聞かせるような言葉。
昔からの関係が全部嘘だったなんて僕は思いたくない。
ずっと支えてくれた彼女が……友達じゃ無いなんてある訳が
「もぉ~違うよ!」
張り上げるような大声と共に勢いよく部屋の鍵がガチャリと開く。
脈絡も伏線もない、あまりに唐突な出来事だった。
僕は驚いて座っていた椅子から勢いよく転げ落ちてしまう。
「どわ!」
たちまち転倒音が部屋に響く。
頭部に鈍い痛みが伝わり、足は天井に向けてぴんと伸びていた。
真っ逆さまになった僕の視界には大声の主が映る。
……何をしてるんだ?いろいろな意味で。
恐る恐る声をかけてみた。
「……どうしてここに居るの?姉さん」
「ずっと部屋の前で千佳ちゃんとの電話を盗み聞きしてたの」
悪びれる様子もなく姉さんは答える。
当然ですが?とでも言わんばかりの態度だ。
そのまま情けない姿勢のままの僕に歩み寄り、ぶつけた頭を優しく撫でられる。
「ごめんね。びっくりさせちゃって……ケガさせるつもりはなかったんだよ?」
バツが悪そうな表情を浮かべる姉さんだが、僕が言いたいのはそこじゃない。
ゆっくりと体勢を立て直した後に、改めて様々な謎を問いただす。
盗み聞きはまだいいとして……いや全然よくないけど。
ともかくそれ以上に気になる事を聞かねばならない。
「何で僕の部屋の鍵開けられたの?」
「ピッキングだよ。ほら、これでささっとね」
そう言って姉さんは手に持った特殊な形状をしたピンを誇らしげに見せてくる。
自分の顔が青ざめていくのがはっきりと分かった。
最近何もしないが為に忘れかけていたが、姉さんも僕と同じく死ぬほど器用な人間だ。
多少なりやる気と専用の道具があればドアの解錠など造作もないだろう。
実際僕も出来るしね。
でも出来るってだけで、普通その才能を現実で使うか?スパイじゃあるまいし。
姉さんは欠片も普通じゃないと言われればそれまでだけど……
十数年間一緒に過ごしてきたが、ここまでの事をされたのは久しぶりだ。
僕の困惑など知らんと言った様子で姉さんは頬を膨らませる。
「で、千佳ちゃんとは普通の友達って…あなたどんだけ鈍感なの?」
え?これ僕が悪い流れなの?
普通の友達って思う事がそんなにマズいのか?
頭の中で無数の?が回る。
「私は千佳ちゃんとなら将来三人で暮らしてもいいと思ってるのに……今度の日曜日はデートなんでしょ?」
「デートって、普通に映画を一緒に見に行くだけだよ?」
「それは立派なデートよ!とにかくちゃんとあの子をエスコートしてあげなさい」
……あれ?何で僕が説教されてるんだ?
普通なら僕の方が怒ってもいい場面だと思うんだけど……
いつの間にか正座までさせられてるし、普通逆じゃない?
でも今の状況じゃそんな正論は通じないのは分かってる。
諦めた僕は姉さんの理不尽な説教に身を預ける。
「で、さり気なく髪型や服装を褒めてあげるのも忘れない事!そういう気遣い本当に大事だよ?」
「はい……」
正確には何故かデートの秘訣やコツを、二時間にわたって教えられたんだけどね。
姉さんは割かしハーレム賛成派です