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 放射線室に響く怒鳴り声に、私は心の中でため息をついた。

 他の同僚たちも、私と同じで同情的な視線を蓼原先生に向けている。

 当の蓼原先生は、表情を変えずに、その激しい声を受けている。

 嵐のような声の主は、バタン、と激しくドアを閉じて、終わりを知らせた。


 一瞬で、放射線室に安堵の空気が広がる。


 出て行ったのは、整形外科のドクターだった。蓼原先生の読影に不満があって放射線室まで勢い込んでやって来たらしい。

 でも、別に初めて見る光景ではなかった。だから、私たちは”またか”という気持ちで、嵐が去るのを待つだけだった。

 あの整形外科のドクターが、自分より立場が下だと思っている人間に噛みつく姿は、何度か見てきている。それも、理不尽な理由で。自分が下に見られたと感じられたときに、そのプライドを保つために怒鳴り散らす。


 当の蓼原先生は、さっきまで怒鳴られ続けてたのに、表情を変えずに壁にかかった時計を見上げていた。確か、あのドクターが入ってきたのが十二時十五分で、かれこれニ十分近く怒鳴られ続けていたのに。蓼原先生が飄々としている様子に、感心しかない。

 蓼原先生が責められていたのは、画像診断の結果についてだった。私もその画像を取った張本人だし、蓼原先生の読影が間違っているとは、これっぽっちも思わなかった。

 ただ、その書き方が、あのドクターには気に食わなかっただけだ。

 蓼原先生が、ようやくため息をついた。やはり、どこか堪えていたらしいとわかって、私は近づく。


「蓼原先生、気にしなくていいですよ。あの先生、誰かに指摘されるの大嫌いな先生なんで」


 なぜか蓼原先生が苦笑する。


「いや。俺の指摘の仕方も悪かったんだろ 主治医の機嫌損ねても、患者にメリットないのにな」


 蓼原先生の言いたいことはわかる。確かに、そうだ。だが、あのドクターの物言いは、完全に言いがかりなだけだった。それは、この場にいる同僚たちの総意だと思う。

 一度は、あのドクターに怒鳴られた経験があるから。

 ほとんど、ううん、全部、理不尽な理由で。


「まあそうですけどね。自分の保身しか考えない人間なんて五万といるじゃないですか。だから気にしなくて大丈夫ですって。患者さんのこと考えたのに怒られるって理不尽以外の何者でもないですよ」


 撮りに来る時間が遅い! ――オーダー入れてなかったの、あなたですよね!

 何で今撮れないんだ! ――機械のメンテナンスだって、お知らせしてますよね!

 オペ後の画像がこんなわけあるか! ――自分のミス擦り付けないでくれる?!

 ……本当に、理不尽。


「災難だったな」


 なぜか、蓼原先生が私をねぎらう言葉を告げた。わけがわからなくて、顔をしかめる。


「今災難だったのは蓼原先生ですよ」

「俺は気にしてないから大丈夫」

「……前から思ってたんですけど、先生性格悪いのに、ああいう理不尽なのはスルッと流しますよね」


 そういうところは、大人だなー、って思う。私だったら、はらわた煮えくりかえってるから! 当然、当て馬として使いますけど! 

 蓼原先生は苦笑する。


「誉め言葉に思えないひどい言い草だな」

「え? だって先生、私が木下からかうの、悪のりしてますよね? あれで性格いいとは言わないですよ」


 蓼原先生が驚いてる。何に?


「あれ、本気で言ってるんじゃないのか?」

 

 それに驚いてるの?!


「それこそひどいですよ、先生。私は妄想を口に出してるだけです!」


 妄想なだけで、本気で言ってるわけじゃない!


「妄想って……」


 蓼原先生が呆れている。

 いやだな。私だって、わかってるって!


「私だってわかってますよ! 蓼原先生の嫁は、確実にバイクですよ!」

 

 私の言葉に、蓼原先生が瞬きをして目を見開いた。

 ほら、ビンゴ!


「ノーマルのふりして……バイクしか好きじゃないですよね!」


 蓼原先生が苦笑する。……あれ? 私間違ってる?


「ノーマルのふりしてって……ふりじゃねえよ」

「えー。絶対あってるのに」

 

 蓼原先生は、何に対しても執着がないように見える。だけど、バイクについてだけは別な気がする。

 だから、ライムグリーン命の木下と馬が合ってるんだと思うんだけど。

 

「木下かわいそうにな」

 

 まるで、木下が私だけの被害者みたいな言い方に、私はムッとする。


「先生も木下からかうのやめてあげたらどうですか?」

「実は狙ってるとか?」

 

 予想もしない蓼原先生の切り返しに、私は呆気にとられる。


「は?」

「いや、あらぬ噂を撒いて、とかな……」

 

 蓼原先生の言葉を聞くだけで、嫌な気分が増してくる。

 何で、私が、木下を?

 私の表情に気づいたらしい蓼原先生が、明らかに言葉を引っ込めた。


「三次元には興味ありません」


 私はきっぱりと言い切る。


「それに、先生。そう言うのはセクハラって言うんです!」


 私が蓼原先生を責めると、蓼原先生が苦笑する。


「葉山の辞書にセクハラって言葉があったことの方が驚きだな」

「先生は、私のことなんだと思ってるんですか?」


 セクハラなんてしてません! 私は妄想を垂れ流してるだけ!


「いや、腐女子だろ」

 

 いつもだったら頷くところだけど、私は意趣返しに首を振ってみせた。


「今の私には、新しい二つ名がついてるんです!」

「二つ名、なぁ」

 

 興味もなさそうに、蓼原先生が立ち上がる。

 これは、絶対聞いてもらわなきゃ!


「ちょっと先生、聞いてくださいよ! 『トリコロールの貴腐人』って呼ばれてるんですから! 貴婦人の“ふ”の所が、腐ってるのがポイントです!」


 蓼原先生は返事代わりに呆れた表情をみせて肩をすくめると、廊下に繋がるドアを開けた。

 コメントなしって、ナシでしょ!

 青山ちゃんの渾身の二つ名だし、私も気に入ってるんですけど!

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