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ナル『コーイチ愛を誰もわかってくれないんだかど』
私が入力すると、すぐさまピコンと反応がある。
たる『知ってるけど』
たる『てか、ないんだかど、って何?』
たるの文面を読んで、私は首を傾げる。
ナル『何のこと?』
たる『最初のやつ、見てよ』
私は言われたとおりにして、首をまた傾げる。
ナル『わかんないんだけど?』
たる『ナル、酔ってる?』
ナル『よくわかったね!』
たる『いや、それ以外にないでしょ』
ナル『さすが―、10年来の付き合い!』
そういや、たるとはそんな長い付き合いなんだなー。
たる『いや、もう14年は経つね、って一昨日話したばっかりじゃん、酔っ払い』
ナル『よっぱらうるさいな』
たる『ほら、酔っ払いじゃん。大体、ナルが誰かに絡んでるの、飲み会の時でしょ』
ナル『シラフでも絡むよ!』
たる『迷惑だな』
ナル『たるが引きずり込んだ密でしょー』
私を腐女子の道に引きずり込んだのは、誰でもない、このたるだった。
芝田瑠衣。真ん中を取って、たると呼んでいる、私の親友。
たる『道な』
ナル『うっさいなー』
たる『沼にハマったのは、自分な』
ナル『うっさいなー。自分だって、腐女子なくせに!』
たる『そういや、今日50冊売ったよ』
ナル『は?! 何ソレ! ちょっとまってよ! 何で売ったの!?』
たる『ま、気分転換ってやつ? ミニマリスト目指そうかな、って』
ナル『無理でしょ!』
たるの部屋には、同人が500冊はあると思う。
……その1割を売ったのか。なぜ?
たる『で、酔っぱらって愚痴ってるって、誰に布教しようとしたの?』
ナル『子犬と美形』
私は即答する。あのあとも延々と話し続けたけど、二人の反応の悪いこと悪いこと!
たる『あ、今回のネタか。どっちも男じゃん。女子じゃないし』
ナル『腐男子って可能性はあるだしょ』
たる『ほぼないだしょ』
ナル『何そのだしょって』
たる『自分が使っとるがな』
ナル『そう? で、なんだっけ?』
たる『その二人、リア充でしょ? ナイナイ』
ナル『たるが何でしってんの?!』
たる『だって、子犬は子犬がどう思ってるかは知らないけど、好かれてる相手いるっしょ。美形だって、ほっとかれないでしょ』
たるのコメントに、私は首をかしげる。
ナル『まあ、美形はそうかもしれないけど、子犬がしかれてる相手いるって、何でたるが知ってんの?』
たると木下が関わる場面とかあった? いや、ないよね。
そもそも、木下のこと、そんなに話題にした記憶ないし。キャラ設定の話はしたけど。
……蓼原先生のこと? いや、違うか。
たる『は? この間、友達が子犬のことどうとかって言ってたっしょ』
……友達?
ナル『えーっと、なんだっけ?』
たる『えーっと中二病の青木? ちゃんが、子犬のこと勇者って呼んでたんだけど、って言ったよね?』
あ、青山ちゃんか!
ナル『青山ちゃんね。勇者って聞き間違ったやつね。確かにしたした! ……え? それとこれと何が関係する?』
確か、変な聞き間違いしたんだー、って書いた気がする。
たる『いや……子犬×美形が設定だって言ったら、青山ちゃんホッとしてたとか、言ってたでしょ?』
ナル『したような気もするけど……』
たる『前に、子犬と青山ちゃんが仲いいって言ってなかった?』
ナル『したっけ? よく覚えてるね』
たる『……子犬と美形が仲良くしてくれた方が嬉しいって言ってたよ』
たるの書き込みに、私は大きくうなずく。
ナル『そりゃ、そうでしょ! で、青山ちゃんが何だって?』
たる『……ちょっとは、そうなのかな、とか考えないかな?』
ナル『何が?』
たる『いや……ナルって、そういうの全然興味ないよね』
ナル『そういうのって、なんの話だっけ?』
たる『今日は酔っぱらってるからか、素なのかわからん!』
ナル『そんなこと言われても、わかんないんだよ!』
えーっと、なんの話してたっけ?
あふ、とあくびが漏れる。
たる『ナルは、好きな人とか、気になる人とか、いないの?』
何か唐突に話題が変わったなー。
ナル『できないだろうし、ドン引きされるから無理だよ』
たる『ドン引きされないなら、いいわけ?』
ナル『たるだって知ってるでしょ。あの傷跡見たら、誰だって引くって』
私たちが知り合ったのは、病院だ。
入院したのがたまたま隣り合ったベッドだった。
だから、お互いにどんな治療をしたのかは理解してるし、一緒に旅行いったりもするから、お互いの傷跡は目にしたことがある。
どうやら、私の主治医は傷の縫合が苦手だったんじゃないかって、私は思っている。さすがに命の恩人だから、皆まで言えないけど。
長く切られた傷の周りは、赤く盛り上がっている。年数が経てば薄くなるかと思っていたけど、10年以上経っても、その傷はいまだにくっきりと主張している。
水泳の時は、隠すように着替えてたっけ。スクール水着がビキニじゃなくて良かったって、本気で思った。
たる『そうじゃない人もいると思うけど』
ナル『そうじゃない人の方がほとんどだよ』
何人か私の傷をちょっと見た友達たちは、みんな口をつぐんで申し訳なさそうな表情を見せる。
別に同情してほしい訳じゃないし、いつもは気にならないけど、きっと、この傷を真正面から見た人は、ドン引きすると思う。
ドン引きしないのは、たるくらいのものだ。
たる『でもさ』
ナル『そもそも、私の愛がコーイチ以外に向くわけないでしょ!』
たる『……ナル、かわいいのに。かなり腐ってるけど、頭も良いし、モテると思うんだけどね』
ナル『誉めてくれてありがとー。私の愛は、コーイチとたるに捧げます!』
たる『ダメだ。酔っぱらいめ』
ナル『ダメじゃないよー。私は、コーイチとたるがいてくれればいいの!』
たる『私だって、いつでも一緒にいる訳じゃないんだし』
なんだか、ざわり、とする。
でも、それはきっと考えすぎだ。
私たちは、もう元気になったんだから。
ナル『もしかして、たる結婚するの?!』
たる『何でそこに飛ぶわけ?! 相手いないし!』
ナル『いないのかー。良かったー』
たる『それは、それで複雑だなー』
ふふん、と笑って、私はいつもと変わらないたるとの時間を楽しむ。
だから、独り暮らしでも、寂しいと思ったことはない。
この回の誤字は、大体わざとです。