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昼休み。
食堂に行くと、なぜか同期入職のナースである青山ちゃんが自分が座ってた席から、先輩ナースにせっつかれて、私の隣の席に移動してきた。
……一体、何だろう?
「ね、葉山っち。新しく来た先生……ネコって本当?」
ひそひそと、私の耳元に耳打ちする青山ちゃんに、私は大きく頷いた。
「そだよ」
「そうなんだー」
なんでその設定知ってるんだろう?
「えーっと、何で? と言うか、何で知ってるの?」
ただ、どうして青山ちゃんたちがそれを知ってるのか、ってこと。
週末に私がロッカーで会った二人は、少なくとも、青山ちゃんたちとは別の階のナースのはずで、接点はなさそうなのにな。
「あ、先輩が聞いてこいって。で、噂で聞いたんだよ」
あ、やっぱり。そして、噂って……ナースの連絡網早い!
……あ、もしかして。
「今日の朝礼の時、蓼原先生が前に出た時に、微妙な空気でざわめいたのって、この話を知ってるナースが多いからってこと?」
今朝、全体朝礼があって、蓼原先生が紹介されたんだけど、変にざわめいたんだよね。
放射線科に来た時のあのざわめきとは違う、喜び、みたいなのを感じないざわめき。
「そうみたい。朝礼の帰りの階段で、残念がってる人たちが沢山いたよ。それでもチャレンジする! って息巻いてる人もいたけどね」
そんなに広まってるんだ! でも、どうしてそれが諦める話になるんだろ? まあでも、設定通りになる方が個人的には喜ばしいからなぁ。
「青山ちゃんは興味ないんだね」
私の質問に、青山ちゃんが眉を寄せる。
「別に全員が美形が好きだとは限らないでしょ。葉山っちだって、違うでしょ?」
いや、設定としては美味しいと思うけど?
「二次元としては、興味があるよね」
「いや、そういう話じゃなくて……例えば、木下君とか、仲いいじゃない?」
うかがうような青山ちゃんの表情に、私は首を傾げる。
「好きじゃないと、二次元のキャラに使っちゃダメなの?」
私の答えに、青山ちゃんが困ったように笑う。
「いや、それはないけどね。興味はないんだ?」
「二次元のキャラとしては大いに興味はあるよ。だって、子犬キャラだよ、子犬キャラ! しかも!」
「……葉山、お前何言ってるんだよ!」
「あ、木下君」
現れたのは木下で、青山ちゃんが木下にニコリと笑いかける。
「青山さん、ここいい?」
「もちろんだよ」
青山ちゃんの声が跳ねる。
そして、木下もニコニコと青山ちゃんの向かいに座る。
「そう言えば、バイクが届いたんだよ」
「あ、バイク届いたの? バイクの乗り心地ってどう?」
どうやら、木下はバイクの話を青山ちゃんにしていたらしい。
「あんまりよくない」
答えたのは、私。
体はガチガチになってたし!
「葉山は運転が下手だからだろ」
木下が半目になる。
Hondaなのを目の敵にされている。
でも、負けないぞ!
「え? 葉山っちも、バイク乗ってるの?」
青山ちゃんが目を丸くする。
「作品描くために、買いました!」
「理由が腐ってる!」
呆れたため息をつく木下を見て、青山ちゃんがコロコロ笑う。
「漫才みたいだよね」
「葉山と息があうって、残念な人って言われてるみたいな気がする」
「ちがうよ! 2人ともおもしろいってこと!」
肩を落とした木下に、青山ちゃんが慌てて否定する。
「私は面白いことを言ったつもりはないんだけどなー」
私は首を横に振る。私は、大まじめだ!
「葉山がツッコめない話以外をするわけがない」
「それは、蓼原先生に……」
「煩いぞ、葉山」
煩くないよ。私の頭の中は腐った話が詰まってるよ?
「いいコンビだよね」
青山ちゃんがコロコロと笑う。
「ちがうし! 葉山とコンビなんて組みたくない!」
「うん、そうだね。木下がコンビ組むのは……」
「葉山ー」
うーん。木下め。
今日は反応が早いぞ。どうして全部腰を折ってくるわけ?!
……もういいや。ご飯食べよ。
青山ちゃんと木下で仲良くどうぞ。
……いや、木下が仲良くすべきは、蓼原先生だと思うけどね!
*
今日は蓼原先生の歓迎会だからバスを使っての通勤だった。でも、病院に入るのは駐輪場側からにした。だって、今日は蓼原先生のたくらみの日だから!
そしたら丁度、蓼原先生と木下が職員入り口に入っていったのが見えた。
……もしかして、一緒に出勤とか?!
あー。朝から妄想が止まらなくなっちゃうから、辞めてほしい!
でも、辞めないで欲しい!
私は走って職員入り口に向かう。
もしかしたら、二人の会話が聞けるかもしれないから!
職員入り口に入ると、まだ廊下の奥にメットを持ってライダースジャケットを着た蓼原先生と、身長差のある木下の姿をとらえた。
「バイク、どうする気ですか」
木下が呆れてため息をついている。木下はきっと飲み会の後の予定は知らないに違いない。蓼原先生が首をかしげたあと、私に気づいて視線を少しだけ向けた。
その顔が、ニヤリとした気がするのは、気のせいだろうか。
「乗って帰るだろ」
乗る。
……何に?
あの蓼原先生の笑みは、きっと私に絡んで欲しい、って合図なんだと思う!
「あの、そう言う話するのは誰もいそうにない二人きりの空間でしてくださいね。私は楽しいんですけど、他の人に聞かれちゃいますよ」
私は真面目な顔で忠告してみた。主に木下に。途端に、木下の顔がゆがんだ。
「葉山、それ完全なる勘違いだから」
「やだ木下。否定しなくていいから。私は大丈夫よ」
否定の言葉とか、欲しくないから!
いや……逆にこれは、木下が蓼原先生の気持ちに応えるのを抵抗してるってことだから、これからドラマが始まっちゃったりする?!
「そうだな。木下、この話はまた後で」
蓼原先生が話を打ち切る言葉を告げる。木下が、は? と、あっけに取られている。
あーあ。残念。
でも、蓼原先生が、私の思うとおりに話を進めたいのだけはわかった!
私は蓼原先生を拝むように、両手を組んだ。
「蓼原先生! 私は二人のこと応援してますから!」
「ありがとう」
蓼原先生の言葉に、私は心の中でほくそ笑む。やっぱり、私の読みは間違いない!
あー。二人の絡み、どんなふうにしたらもっと盛り上がるかなぁー。
「葉山、誤解すんなって!」
木下の言葉に、思考が止まる。
……木下、わかってないなぁ。
「木下。……そんなこと言ったら、蓼原先生が哀しむよ」
私は真面目な顔で、木下を諭す。蓼原先生を見れば、笑うのをこらえているようにも見えたけど、見ようによっては泣きそうになっているようにも見えなくもない。
「ほら、蓼原先生哀しそう! 木下、いい? まだ始業時間には一時間もあるし、私が掃除はあんたの分までやってあげるから、人目につかない方法で蓼原先生を慰めるのよ!」
私ってば、良いこと言う!
私は蓼原先生にぺこりとお辞儀をすると、更衣室に向かって行く。私が離れると、とたんに蓼原先生はクククと笑い出した。
やっぱり、笑いこらえてたのか。そう思いつつ更衣室のドアを開けた瞬間、木下が怒り出した声が聞こえた。
痴話げんかだー。
平和だな。
これも、ネタに使おうっと。
蓼原先生が何で私の話に乗ってるかはわからないけど、創作活動が捗るから、何でもいいや!
*
着替えてスタッフルームに入ってきた木下が、どう見てもテンションが低かった。
「どうしたの? 蓼原先生を慰めきれなかった?」
私の質問に、木下が私を睨む。
「青山さんに誤解された!」
え?
青山ちゃん?!
……知ってるはずだけどね?
「えーっと、何が問題?」
「問題ありまくりだろ!?」
あるかな。
……まあ、私の知らないところで、あるのかもしれないけどね。
「ドンマイ」
あれ。何で更に睨まれるんだろ。
木下君が不憫でならない。