番外編②(3人称)
蓼原視点は三人称でしか書けなかったです。
「ぼ……いや、私って……魅力ないですか?」
葉山の言葉に、蓼原は固まる。
空耳が聞こえたのかもしれない。
「……魅力?」
まさか、と思いながら、蓼原は聞こえたように思った言葉を繰り返した。
葉山から出てくるはずのない言葉だ。
だが、当の葉山は、蓼原から視線を逸らすと、うつむいた。
「葉山?」
蓼原は葉山の顔を覗き込む。
一体葉山が何を言いたかったのか、知りたかった。
「いや、ほら、男女で二人っきりでいるのに、蓼原先生、なーんともなさそうなんで、つい聞いてみたくなったんですよ!」
顔を上げて茶化すように告げた葉山の目は、明らかに動揺していた。
見たことのない葉山の姿だった。
さっきの言葉が、本当だとすれば、蓼原には、葉山の真意は一つしか思い浮かばない。
……今まで付き合ってきた女たちから告げられた時には、OKのサインとしか思えなかったそれが、今は蓼原の心にじわじわと喜びを広げる。
本気で好きな相手だと、同じ言葉でも違うように聞こえるのだと言うことを、蓼原は初めて知った。
素直に、嬉しい。
あの、三次元には興味もなさそうだった葉山が、自分を恋愛対象として見てくれているということも、その喜びを倍増させている気がした。
一体どんな心境の変化があったのか、蓼原は葉山に聞いてみたい気がした。
だが、きっと葉山は、今みたいにはぐらかすだろう。
だが、それが葉山だ。
それがいいと、蓼原は思っているんだから、どうしようもない。
湧き出てくる喜びを押し殺して、蓼原は、葉山に言葉を返す。
「流石にそこまでがっついてないぞ」
今は、葉山のペースに合わせるつもりだ。
それくらいの理性は十分持ち合わせているつもりだ。
「いえいえ。当然、蓼原先生には選択権がありますとも!」
また明後日な葉山の言葉に、蓼原は首を振る。
「そうじゃなくて……中坊じゃあるまいし」
「ですよね! いや。変なこと言ってゴメンナサイ」
どうも、葉山との会話がずれているような気がして、蓼原は首を傾げる。
「えーっと、いや、葉山、どういう意味だ?」
「いえいえ。だから、つい言ってみたくなっただけなんですって」
蓼原は気付く。
どうやら、葉山は自分の気持ちが伝わっていることに気づいていないらしい。
さて、どうやって葉山に両思いだと気付かせるか。
「いや、葉山がそんなこと言い出すって、気になるだろ」
葉山が顔を伏せた。
「何となく言いたくなったんですって! 蓼原先生なら、興味ないって言いそうなものなのに、何で食いついてくるんですか!」
あくまでも軽い。だが、その声は心なしか震えていた。
好きだ。
そう一言口にすればいいだけだ。
だが、蓼原はなんだか素直に口に出来そうになかった。
「何でって……それこそ、葉山が興味ないって言ってたのに、そういうこと言い出したから、だろうな」
「……だって、蓼原先生が言ったんですよ! 私には情緒が足りないって! だから、こんなシチュエーションなんて滅多にないんだし、ちょっと聞いてみようかな、って思っただけです」
葉山が笑う。でも、その顔は泣きそうだった。
蓼原は葉山を抱きしめたい衝動に駆られる。
だが、その前に告げなければいけないことがある。
「……大事にしたいから、簡単に手なんか出さないよ」
葉山の目に、涙が滲む。
葉山が顔を伏せて、涙をぬぐいながら小さく頷いた。
どうやら、蓼原の気持ちは伝わったらしい。
「蓼原先生からそんなセリフ聞くとは思いませんでしたね」
なのに、次の瞬間には、雰囲気をぶち壊す葉山に、蓼原はちょっとむっとする。
「葉山、一体俺にどんなイメージ持ってるんだよ」
「えー?! そうですね、本命には一途だけど、たまに浮気する美形キャラってところですか?」
いつものような葉山の言葉に、蓼原が、はぁ、と大きなため息をついた。
「こういう時には、腐ったところから離れて欲しいんだがな。あとな、俺は浮気はしないから。本命だけだ」
「仕方ないですよ! 私は、根っからの腐女子ですからね!」
涙が滲む目で、葉山が蓼原を見上げる。
「……まあ、それが葉山か」
「そうですよ!」
葉山がこぶしを強く握る。蓼原は苦笑して葉山の髪をわしゃわしゃと撫でた。
それだけで、愛おしさがこみ上げる。
「今のセクハラです!」
「は? ……今の、ダメなのか?」
「ダメです!」
「……あのセリフ言った人間とは思えないんだが」
魅力がないのか、と聞いたのは葉山だったはずだ。
「何がですか! 駄目です!」
蓼原は苦笑して肩をすくめる。
葉山のペースは、やはりゆっくりらしい。
「……まあ、葉山のペースで付き合うから」
「え? まだ飲むんですか? ……そろそろお開きにしません?」
葉山は打てば響くタイプだと思っているが、今日の会話はどこかずれやすい。
それは、葉山の得意ではない分野だから、ってことなのかもしれない。
「……いや、そういう意味じゃないんだけどな。まあ、明日も早いし、ホテルに送る」
「え?! 大丈夫です! 一人で帰れます!」
「あほか。一人で帰らせるわけないだろ」
こんな夜更けに、好きな女を一人で帰すわけがない。
大切にしたいから、特に。
まさか、葉山が完全に勘違いしているなど、この時の蓼原は思ってもみなかった。
完
どこでどう勘違いが生まれたのか、読者の方はわかったでしょうか?
楽しんでいただければ幸いです!




