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 えーっと、えと、えと……。

 当然、誰かと自主規制になるようなことなどなったことがありません!

 そして、一体全体、普通の人が、どうやってその自主規制になるような場面に持っていくのかもわかりません!


 ……えーっと、参考になりそうな本、何か読んでなかったかな……。

 ……そうだよ!

 私の愛読書は、全部R18じゃない!


 ……あ。


「葉山? 何、百面相してるんだ?」


 ふ、と蓼原先生が笑う。

 見上げると、蓼原先生の笑う顔に、ドキリとする。

 ちょっと、心臓が暴れ出したんですけど!

 ナニコレ! ナニコレ! どういうこと!? 今までそんなこと思ったことないのに!?

 あー!!!

 いやいや、落ち着け私。

 どうどう。

 今日は、告白して失恋するのが目的だ。

 そうだ。目的を果たさねばならぬ!

 さあ、行くぞ!


「ぼ……いや、私って……魅力ないですか?」


 よし、これだ! 読んでるときには嫌悪感しかなかったセリフ「僕、魅力ないですか?」

 コーイチが亡くなった後の話に出てくる、主人公の新しい相手役のセリフ!

 あの時には、本を破り捨ててやりたくなったけど、グッと我慢して最後まで読んでおいて良かった!

 

「……魅力?」


 なのに何で蓼原先生、ポカン、としてるわけ!?

 どうしてこんな反応なの?!

 あの時、主人公は、新しい相手役の気持ちを初めて知って、そして自分の気持ちにも気づくって、そんな場面だったはずなんだけど!?


 ……あまりに私が対象外過ぎて、蓼原先生驚いてるのかな?

 そうだよね。全然、これっぽっちも対象外の人から、魅力ないですか? って聞かれたら、私だってポカンとするわ。


 ……いや、あっさり失恋しちゃったな。

 あーーーーーーーーーーーーーーーー。

 失恋しちゃったよ。

 あんまりにも、あっさり失恋しちゃったから、逆に涙も出てこないケド。


「葉山?」


 蓼原先生に顔を覗き込まれて、ドキリ、とする。

 ……失恋したのに、ドキドキしたってしょうがないのにね。


「いや、ほら、男女で二人っきりでいるのに、蓼原先生、なーんともなさそうなんで、つい聞いてみたくなったんですよ!」


 茶化す以外にないよね。


「流石にそこまでがっついてないぞ」

「いえいえ。当然、蓼原先生には選択権がありますとも!」


 あー。皆まで言わないでも大丈夫です!

 わかってます! わかってますよー!


「そうじゃなくて……中坊じゃあるまいし」

 

 蓼原先生の言葉は、歯切れが悪い。

 ……あー。すいません。気を遣わせちゃって。


「ですよね! いや。変なこと言ってゴメンナサイ」

「えーっと、いや、葉山、どういう意味だ?」

「いえいえ。だから、つい言ってみたくなっただけなんですって」

「いや、葉山がそんなこと言い出すって、気になるだろ」


 私は顔を伏せた。

 いや、もうこれ以上、傷をえぐらないでいただけるとありがたい!


「何となく言いたくなったんですって! 蓼原先生なら、興味ないって言いそうなものなのに、何で食いついてくるんですか!」


 あくまでも軽く。でも、私は本音を告げた。

 このまま追及されると、もう一度告白する羽目になって、今度こそ泣きそうだ。


「何でって……それこそ、葉山が興味ないって言ってたのに、そういうこと言い出したから、だろうな」

「……だって、蓼原先生が言ったんですよ! 私には情緒が足りないって! だから、こんなシチュエーションなんて滅多にないんだし、ちょっと聞いてみようかな、って思っただけです」


 私は笑ってみせる。でも、キュッと掌を握り締めた。

 明るく言うのは、これが限界かもしれない。


「……大事にしたいから、簡単に手なんか出さないよ」


 蓼原先生は、殊の外真剣な表情で告げた。

 その声が、私の心臓を震わす。


 そうか。

 蓼原先生……好きな人が……大事な人がいるんだ。

 今の声だけで、その気持ちが伝わってきた。

 涙が滲む。

 

 何だ、私にだって、情緒あるんだな。

 だって、声だけで、蓼原先生の気持ちが、痛いほど分かったもん。

 ……それが分かったのが、こんな失恋場面だなんて、皮肉だけど。

 でも、蓼原先生。私にも情緒はありましたよ。

 なんて、説明したくないから、言わないけど。


 私は蓼原先生に気づかれないように、顔を伏せて、滲んだ涙をぬぐった。


「蓼原先生からそんなセリフ聞くとは思いませんでしたね」


 ハハ、と笑ってみせると、蓼原先生がムッとする。


「葉山、一体俺にどんなイメージ持ってるんだよ」

「えー?! そうですね、本命には一途だけど、たまに浮気する美形キャラってところですか?」


 私の言葉に、蓼原先生が、はぁ、と大きなため息をついた。


「こういう時には、腐ったところから離れて欲しいんだがな。あとな、俺は浮気はしないから。本命だけだ」


 あー。そうか。蓼原先生一途なんだー。……今は辛いな。


「仕方ないですよ! 私は、根っからの腐女子ですからね!」


 いつもみたいな話にしないと、場を持たせる自信がもうない。


「……まあ、それが葉山か」

「そうですよ!」


 私がこぶしを強く握ると、蓼原先生は苦笑して私の髪をわしゃわしゃと撫でた。

 あー。

 もう、どうして失恋した人間に、そんなことするかな。

 ……あー。ドキドキする心臓、静まれ!

 蓼原先生の気持ちは、私にないんだからねー!


 って、言うか、蓼原先生も悪くない?!


「今のセクハラです!」

「は? ……今の、ダメなのか?」

「ダメです!」

「……あのセリフ言った人間とは思えないんだが」

「何がですか! 駄目です!」


 蓼原先生は苦笑して肩をすくめる。

 ……って言うか、蓼原先生、飲むと距離感近くなるのかな?

 前に飲んだ時って……あ、覚えてないや。


「……まあ、葉山のペースで付き合うから」

「え? まだ飲むんですか? ……そろそろお開きにしません?」


 そろそろ、辛くなってきたし。

 一人に、なりたい。


「……いや、そういう意味じゃないんだけどな。まあ、明日も早いし、ホテルに送る」

「え?! 大丈夫です! 一人で帰れます!」


 送られるのも辛いんですけど!


「あほか。一人で帰らせるわけないだろ」


 思いのほか強い口調の蓼原先生に、私は断りの文句が言えなくなる。

 あー。

 失恋した相手に優しくされるって……辛いな。

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