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「よし!」
私は意気揚々とチューハイやらビールやらを入れた袋を持って、決意を新たに声を出した。
「何が”よし!”だよ。俺、明日発表なんだけど」
はー、と深いため息をつく木下を私は睨む。
「何? いいって言ったの、自分でしょ!」
「ちょっと相談があるんだけど、って言うのには珍しいと思ったから、ちょっと話聞いてやるか、とは思ったよ。思ったけど、蓼原先生のところに突撃するとか聞いてない!」
「言ってない」
確かに、相談があると言って、木下を呼び出したけど、その時点ですでに、私は蓼原先生のホテルに突撃する気でいた。
だって、色々グルグル考えてるのが、嫌になったから。
だったら、もう突撃しちゃって、白黒はっきりつけた方がいいな、って思って。
だけど、私一人で行ったとしたら、私と違って勘が良さそうな蓼原先生は会ってくれないような気がしたから、困ったときの木下を頼ってみた。
蓼原先生、何だかんだ言って、今は女性近寄らせないようにしてるから。
病院で塩対応してるの、まれに見るしね。
だから、白黒はっきりつけるって言っても、振られる覚悟はできている。
でも、悶々としてるよりは、振られた方がスッキリするかな、って。
当然、木下に理由は全く言ってないし、ロビーに降りてきた木下に「蓼原先生のとこ行くよ」と言っただけだ。
「一人で行けばいいだろ」
「考えてみて? 私一人行って、蓼原先生が部屋に入れてくれると思う?」
「え? ……入れてくれるんじゃないか?」
木下、目が泳いでるけど?
……あ、面倒になって適当に言ってるな。
「あのさ、木下は私の性別を忘れてるかもしれないけど、私一応女子なの。で、蓼原先生は、案外その辺真面目な気がするわけ。女子一人で押しかけていって部屋に入れてくれるわけないでしょ」
「……いや、葉山なら大丈夫じゃないか?」
「適当に答えるのやめてくれる?」
「って言うか、葉山はどうして蓼原先生のとこに行こうって言い出したんだよ」
……えーっと……。
「何となく?」
「は?! 何となくで突撃するかよ!」
「するでしょ」
これは、これで突き通すしかない!
「……蓼原先生に、個人的に話したいことでもあるのか?」
木下の癖に、何で勘がするどいのよ! ニアミスだけど。
「別に」
まさか、木下を酔いつぶして、実質二人きりになるつもりとかまではわからないよね?
「何で声が裏返るんだよ。やっぱり、蓼原先生と話したいんだろ?」
……そこがバレただけか。まあいいや。
「そうだね」
「別に今日じゃなくてもいいだろ」
「いや、それは今日がいい」
そして、明日の朝にはすっぱりきっぱりさっぱりしていると望ましい。
……振られたら、スッキリするんだよね?
「……一世一代の告白するわけでもないのに、気合まで入れて、今日限定って……」
ため息をつきつつ、木下が私を見る。
何なの、木下のこの勘の鋭さ。
「何その表情。え?! 葉山お前、蓼原先生のこと好きなのかよ?!」
何なの! 木下のこの勘の鋭さ!
自分がからかわれてる時とか、青山ちゃんの気持ちとか気づきもしないのに!
「ち、違う。え、ええ、ええっと、違う! ちょっと仕事のことで、そ、相談したいことがあって!」
「どう考えても、動揺してるじゃねーか! マジかよ!」
しまった! 木下に弱みを握られた!
「誰かにバラさないでよ。バラしたら、今度の新作、子犬×美形で最低5回は濃厚なラブシーン描いてやるんだからね!」
私の脅しに、木下が明らかに顔をしかめる。
「やめろよ。現実じゃないとは言え、複雑なんだよ!」
「じゃあ、バラさないで!」
「……いや、俺がバラさなくても、いずれバレるだろ」
「どういうこと?!」
「あー、まー、何と言うか……とにかく、葉山が蓼原先生にしたい話って、告白ってこと?」
「話そらさないでよ!」
「告白なら、一人で行けよ! 俺巻き込むなよ。意味わかんねーよ!」
木下が叫ぶ。告白とか叫ばないでくれる?! これから振られるんですけど!
「だって部屋に入れて貰えないし!」
「……いや、大丈夫だろ」
「何でそこだけ適当に返事するのよ!」
「あー……そもそも、外で話せばいいんじゃねーの」
「それはダメ」
「……何でダメなんだよ」
女性を遠ざけてる蓼原先生が、私に手を出してくれば、蓼原先生と両想いの可能性が高い。
そして、手を出してこなければ、私は失恋ってこと。
だから、私は告白をせずして、失恋しに行くことにした!
そのためには、蓼原先生の部屋に行く必要がある!
「言いたくない」
「……俺、葉山の思考回路が全然わかんないんだけど」
「とりあえず、木下がいなきゃ、部屋に入れて貰えないから」
「……蓼原先生には連絡したのかよ」
「してない!」
私の返事に、木下が大きくため息をつくと、スマホを取り出した。
そして、何やら入力し始める。
「ちょっと待ってよ! 変なこと書くんじゃないわよ!」
「変なことって……お伺いたててるんだろ。蓼原先生、誰か知り合いと飲みに行ってるかも知れないし」
木下の言葉に金子さんの顔を思い出してドキリとする。
……その可能性は、ゼロじゃない。
神妙な気持ちで、返信を待つ。
「大丈夫だって」
顔をあげた木下に、私はホッとする。
木下が、困惑した顔になる。
「葉山が蓼原先生を、ね」
「うっさいわね! 自分でも無理だってわかってるから!」
「は?」
「これでも、分はわきまえてます!」
「……え? どういうこと?」
「これから振られに行くとか、言わせる気?」
言ったけど!
「え……っと……。いや、それは言ってみないとわからないだろ」
嫌に歯切れの悪い木下は、眉を下げている。
さすがに、そうだよな、とは言わないでくれるらしい。
いつもからかってるのに、お気遣い痛み入ります。
「いいの。それで振られてスッキリするんだから」
「いや……それは」
「いいんだって。変に気つかってくれなくても。いいの」
「俺には、葉山の思考回路が全くわからん」
「わかってたら、子犬×美形の組み合わせ、すんなり受け入れてるでしょ」
「それはない! わかんなくていい!」
ぎょっとした木下に、少しだけ笑いが漏れる。
あー。私、緊張してるなー。
だって、初めてふられるんだもんね。仕方ないか。
*
「葉山、静かだな」
ベッドに座ってビールを飲む蓼原先生が、揶揄うように私を見る。
「そうですか? いつも静かだと思いますけど?」
「よく言うよ。静かって言葉の意味わかってるか?」
「わかってますよー」
備え付けのテーブルの横に置いてある椅子に座る私は、くぴり、とチューハイをのどに流し込んだ。
計画通り、蓼原先生のホテルの部屋で飲んでいる。
──計画と違うことは、木下がいないってところだろうか。
木下はしばらく飲んだあと、蓼原先生に見てもらいたいものがあったから取りに行く、と言い出して、明日でいいでしょ、と止める私を振り切って部屋を出ていった。
……部屋に入るときにも、蓼原先生は私の顔を見たときに戸惑った顔をしてたし、二人きりになるとわかったら、明らかに狼狽していた。
だから、私は招かれざる客なんだと思う。
なのに、木下のせいで二人きりになってしまった。その、かなり気まずい状況に、私は飲むしかなかった。
くぴり、くぴり。
飲む、と言っても、一口の量は少ない。ただ、頻度が多いだけだ。
「葉山、ピッチ早いぞ」
「そんなことありませんよ」
飲んでる量は、そこまででもない。
ただ、気まずさを緩和するためには、他に方法がない!
「木下、遅いですね」
出て行ってから、もう30分は経ってそうな気がするんだけど。
私の言葉に、蓼原先生がスマホを見る。
「……あー。木下の止まってるホテル門限があるらしくて、戻れない……らしいぞ」
「は?! 門限のあるホテルって何ですか!? 嘘でしょ」
「時々あるんだよ」
ほら、と蓼原先生がLineの画面を私に見せる。
確かにそこには、木下からのメッセージで、そう書いてある。
そうか。
そうなのか。
じゃあ、私に残された道は……?
そうか。木下の目もないんだから、当たって木っ端みじんに砕け散ればいいのか!
きっとその方が、未練も残んなくていいよね?
……で、どうやればいいんだろ?




