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「あら、こんにちは。発表の視点、なかなか面白かったわ」
鏡の中で挨拶されたのは、蓼原先生の知り合いの美人さんだった。
なるほど、この学会にもこの美人さんは参加してるんだなー。
何だか心がざわりとする。
……心がざわりとするのは……この美人さんをBLの登場人物にしてしまおうとしている罪悪感、かな?
で、もってデジャヴ。確か前も、トイレで声を掛けられたような。
名前、何だっけな? ちらりと名札を見れば、金子と書いてあって、そうだった、と思い出す。
「お疲れ様です。ありがとうございます」
横を見てぺこりと頭を下げると、金子さんが私をじっと見る。
「何かありますか?」
何だかその視線、居心地が悪いんだけど?
「ちょっとした好奇心、ってところかしら」
全く意味が分からなくて、私は首を傾げる。
「好奇心、ですか?」
「そう。蓼原君には、優しくしてもらえてる?」
話が飛んだような気がしたけど、なるほど、蓼原先生の話がしたかったんだな、って納得する。
「えーっと、どうでしょう?」
何かこの会話、どっかでしたような気がするけど、どこでだったっけ?
金子さんが軽く目を見開く。
「あら、蓼原君、あなたにもそっけないわけ?」
わたしにもそっけない?
も?
……何だかモヤモヤするけど。
どういうこと?
「えーっと、蓼原先生、面倒見はいいと思いますけど?」
私の返事に、金子さんが、え、と声を漏らして瞬きをする。
「蓼原君と付き合ってはないの?」
……何だろう、この会話。
本当に意味が分からないんだけど。
「えーっと、どういうことですか?」
私と蓼原先生が付き合ってるって、金子さんは思ってたってこと?
……そう言えば、前の時にも似たような話になったような、違ったような……。
「……まだ付き合ってないの?」
どうして私、金子さんからそんなこと質問されてるんだろう?
「えーっと、付き合ってませんし、付き合う予定もありませんけど」
え、と金子さんがまた声を漏らした。
「私が貰ってもいい、ってこと?」
ニコリ、と笑う金子さんに、何だかムカムカする。
そう言えば、前にもこれと同じ会話した気がする。
「ですから、それを決めるのは蓼原先生です」
語気が強くなった私に、それでも金子さんは微笑みを消さなかった。
「蓼原君が私を選んだらいいのね?」
あー。何だかイライラする!
……何でだろ?
……ああ、そういうことに巻き込まないで欲しいのか。
「それは、当人たちが決めることですから。私には関係ないと思いますけど」
手を洗い終わると、私はぺこりと頭だけ下げて、トイレから脱出する。
あー。イライラするし、ムカムカするし、ザワザワするし、嫌な感じが半端ない。
金子さん、あんなに嫌な感じの人だったっけ?
発表終わってて良かったけど、終わってなかったら、会ったこと後悔する相手だった!
……蓼原先生、何であの人と……。
いやいや、それは蓼原先生の自由だ。私がとやかく言うことじゃない。
――でも。
別れて正解ですよ、とか言いたくなるのは、私の性格が悪いせいかな。
あー。
とにもかくにも、ムカムカするー。
……よし、こんな時には、木下をからかうに限るね!
今日の夜は、飲みに行くかな?
木下は明日発表だけど、別にからかうくらいいいよね!
*
「って感じだったんだけど、ちょっとありえなくない!?」
そう私が愚痴を告げている相手は、たるだ。
なぜって?
学会に来た病院メンバーで夜ごはんは食べに行ったんだけど、木下の発表と先輩の発表もあるからって、お酒はやめることになったから!
だから、ご飯を食べてすぐ解散になった!
取ってるホテルは各自バラバラだから、私は一人自分の根城のホテルに戻ってきて、この行く当てないイライラをたるに聞いてもらうことにした。
『あー。その元カノさんの挑発が、ナルは嫌だったんだね』
「挑発? 何で私が挑発されなきゃいけないの?」
私は眉を寄せる。
『それは、元カノさんがナルをライバルとして見てるからでしょうね』
「ライバル? ……何の?」
私の問いかけに、たるが大きなため息をついた。
『タデハラ先生を狙っているライバル』
「た、蓼原先生を狙っているライバル?!」
私の声が裏返る。
『そ。だから、元カノさんはナルを挑発したんでしょ』
「いや、それ、おかしくない?!」
『何で?』
私が焦ってるのに、たるは淡々と返事をする。
「いや、おかしいでしょ! だって、どうして私が蓼原先生を?!」
『……ナルはさ、元カノに挑発されて、イライラして、ムカムカして、とーっても嫌な気分になったんでしょ?』
「そうだよ? それと、蓼原先生を狙ってるとかは無関係でしょ」
たる、何言ってるんだろ?
『ある相手に関係することで、イライラして、ムカムカして、とーっても嫌な気分になるの、何て言うか知ってる?』
「え? 不機嫌?」
『ブー。不正解。正解は、”嫉妬”』
「は?」
嫉妬?
「えーっと、それは、子犬×美形の間を切り裂く美人の存在に、私が子犬の立場で嫉妬してるってこと?」
電話の向こうで、大きなため息が返ってきた。
『それは、無関係』
「え? じゃあ、どうして嫉妬?」
『ナルが、蓼原先生を好きだってことじゃないの?』
「え?! いや、まさか。そんなこと……あるわけないよ」
私が、蓼原先生を、好き?
……え?
『じゃあ、何で、ナルはその元カノさんにイライラするんだろ?』
何で、元カノにイライラするか?
……。
「元カノが嫌な人だからじゃないの?」
『……前に会った時はそう思わなかった、って言わなかったっけ?』
「言ったよ。言ったけど。……その時は元カノさんとそんな話……」
……したな。
『しなかったから、気にならなかった、ってこと?』
「そ、そうかなー」
あ、声が上ずった。
『ナル、嘘ついちゃいけないよ。何年の付き合いだと思ってるわけ?』
バレた。
流石、たる。見逃さない。
「あー、えー、うん。したかもしんない」
『で、その時は気にならなかったんでしょ?』
「そうだけど、その時はそんなに嫌味に感じなかったって言うか……」
もしょもしょと告げると、たるがため息をついた。
『前の時は、どんな話したの?』
「……元カノです、って言われて、はぁ、ってなって、貰っていい? って言われたから、それ決めるのは蓼原先生です、って言って」
『ほぼ同じこと言われてるじゃん!』
たるの声が勢いづく。
「……かもね」
『でも、今回は気に障ったんでしょ?』
「……私の気が立ってた、とか?」
『まだ言い訳するの』
はぁ、とたるが何度目かになるため息をつく。
「……いや、だって」
私が蓼原先生を好き……?
にわかに、信じられないんだけど?
『私はね、ナルはタデハラ先生に好意を持ってるんだろうなー、とは思ってたけど』
その言葉に、衝撃を受ける。
「え? 何それ、初耳!」
『一応ね、わかる人にはわかるように聞いてみたんだけどね? ナルは……良くも悪くも、わからないんだよね。その手の話』
「……わかるように言ってよ」
『だから、わかる人にはわかるんだって。……ナルは、鈍いんだろうね』
鈍い。
「鈍い、って言っても……流石に自分の気持ちくらいは……」
わかるよ?
『わかってないでしょ。そもそも、自分が嫉妬してるってわかってないんだから』
たるの声はため息交じりだ。
「え、だから、これは……」
『とりあえず、自分でよく考えてみて?』
「え? わかんないよ。そもそも、私は人を好きになったりとか、しないし」
今までもしてなかったし。
『……じゃ、蓼原先生がその元カノとよりを戻しても気にならないのね?』
「え……」
たるの言葉に、ドキリ、とする。
『おのずと答えはでるでしょ? じゃ、おやすみー』
ぷつり、とたるの通話が切れる。
蓼原先生が金子さんとよりを戻す。
……それは、嫌だ。
※現実世界の現状とは違う状況、とご理解ください。現在、医療系は職場で会食禁止されてることが多いので。




