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 暗闇を、エキゾーストノートが切り裂いていく。

 左手には、川面に連なる工場の明かりが揺らめいている。

 そして右手には、静まり返った家々の影。

 私では絶対に選ばないような道を、蓼原先生は走っていく。

 あまり車の通りもない川沿いの道の上を、ライムグリーンのマシンが流れていくみたいだ。


 そう。流れる。

 蓼原先生の走りは、その表現がぴったりくる。

 私のどこか力の入ったぎこちない走りとは違うもの。


 何が違うんだろうな、と蓼原先生の背中にもたれかかる。

 ……わかれば、きっと運転に苦労してない。

 私はそう結論付けると、川向こうの工場たちから響く金属の音と、エキゾーストノートに耳を済ませて、そのスピード感を脳に染み込ませる。


 チラチラを視界を過る人工的な光が邪魔になって、私は目を閉じる。

 ひんやりとした空気と、ホンダとは違う耳慣れないエンジンの音が、蓼原先生の走りで流れて行く。

 感じたことのない爽快感が、身体中を駆け巡る。


 BLを読んだときや、描いてるときに感じる興奮が、湧いてくるのが分かる。


 ……バイクに乗るって、こんなに楽しいことなんだ。

 全然、気付いてなかった。


 ゆるゆるとスピードが落ちていく感覚に、不満が募る。

 もっと、走り続けたいのに。

 

 完全に止まってしまったバイクに、私は抗議を込めてシールドを上げる。


「蓼原先生!」

「……何で怒ってるんだ?」


 ヘルメットを取って振り返った蓼原先生の顔が困惑している。


「どうして止まるんですか!」

「え? いや、この景色を見せようかと思って」


 蓼原先生が顔を川に向ける。

 つられるように視線を向ければ、川にかかる高いアーチの欄干のある白い橋が、夜空にぼんやりと光っていた。


「……橋、ですね」

「……橋、だけどな。他に感想はないのか」


 何だか、蓼原先生の声が呆れている。


「……白い橋ですね」


 蓼原先生の口から、苦笑が漏れる。


「きれいだとか、幻想的だとか、ないのか? 腐っても、もの書く人間だろ」

「あー。腐ってるのは間違いないですが、特に景色見てきれいだなー、とか思いませんし」

「……葉山に足りない表現力がわかった」

「え?! 何ですか!」

「情緒だよ、情緒。作品、情緒もなく勢いだけで描いてるだろ」


 ギクリ、とする。

 それは、たるにも指摘されるところだからだ。


「そ、んなことはありません!」


 でも、否定したくなるよね。

 私に視線を向けた蓼原先生の顔が、おかしそうに破綻する。


「図星か」

「違います!」

 

 認めるものか!


「意地になるところが、図星だろ」


 蓼原先生のニヤリと笑う顔に腹が立つ。


「そもそも、私の作品読んでもないのに、分かるわけないですよね!」

「読む気はしないけどな。で、怒ってたのは、何だ?」


 あっさりと話題を変えた蓼原先生に、私はムッとして、ついでに、別の怒りを思い出す。


「先生がバイク止めるからですよ!」


 私の語気の強まった言葉に、蓼原先生が眉を寄せる。


「えーっと、それは、腐ったこと考えてる最中だったのに! って八つ当たりか?」

「違いますよ! 折角スピード感を楽しんでたのに、止まるからですよ!」

「え?」


 蓼原先生が目を丸くする。


「え? じゃないですって! ほら、もっと走ってください!」

「葉山が、そんなことを言い出す日が来るとはな」


 驚いた表情の蓼原先生が、次の瞬間、嬉しそうに笑う。

 そんな表情は、初めて見た気がして、ちょっと驚く。


「……私だって、作品にリアリティー持たせたいと思ってるんですよ!」


 何だか言い訳が必要な気がして、私は無理やり言い訳を捻り出す。


「……なら、ゴールデンウィーク、ツーリングに行くか?」


 蓼原先生が、ポリポリと頬をかく。


「……ツーリングって……?」


 そもそも私に無関係そうなその単語に、私は首を捻る。

 なぜか、蓼原先生が慌てる。


「木下も一緒に、ゴールデンウィーク、三重であるNinjaの祭典に行く予定たててるんだよ」

「あー。そういうことですか。って、Ninjaの祭典に、ホンダは不味いでしょ。私だって、さすがにそれは不味いってわかってますよ」


 何言い出すんだろ、蓼原先生。


「……タンデムして行けばいいだろ」

「あ、蓼原先生と木下がタンデムしてるの見せてくれるんですか! それは確かに魅力的ですね!」


 私の声が跳ねる。

 それなら行きたいに決まってる!


 なのに、はぁ、と蓼原先生があからさまにため息をついた。


「どんだけ腐ってるんだよ。木下は自分のマシンで行くに決まってるだろ」

「え、私が蓼原先生とタンデムするんですか?!」


 私が目を見開くと、もう一度、蓼原先生が大きくため息をつく。


「それ以外にあるかよ」

「えー。ありますよー」


 ある! と言うか、一択なんだけど!


「ないだろ。で、行くか?」

「それが見れないのなら、別に興味はないですけど」


 蓼原先生を見上げると、先生は小さく首をふった。


「バイクに乗るの、楽しくなってきたんだろ?」

「まあ、そうですけど。でも、別に、木下が蓼原先生とタンデムしないNinjaの祭典に行く意味を感じないと言うか。と言うかですね、早く走りましょうよ!」

「……だから、三重まで乗せてやるって言ってる」

「……えーっと、とりあえず、今走ってくれれば満足です」


 私は大きく頷いた。

 蓼原先生は、なぜかためらいながら口を開く。


「俺が葉山を連れていきたいんだって言ったら?」

「木下とのタンデム見せてくれたら行くって言ってるじゃないですか」


 私の答えに、蓼原先生がまた大きくため息をついた。


「やっぱり、葉山に足りないのは、情緒だな」


 そう言って、蓼原先生はヘルメットを被る。


 えーっと、どういうこと?!

 何でディスられてるんだろ。

 ……まあ、まだ走ってくれるってことで許してあげますけど!

 蓼原先生、心の広い私に感謝してくださいね!


 私が心のなかで呟いていると、蓼原先生が、後ろを振り向いた。


「行かないのか?」

「行きます!」


 私はあわててシールドを下げると、蓼原先生にしがみついた。

 蓼原先生の背中が、おかしそうに揺れていて、ちょっとムッとしたけど、広い心で許して上げることにした。

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