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今日は予定通りならば、生理が始まる日だった。だから、バスと徒歩で職場に向かう。
それでも、子犬×美形のやり取りを期待して、ついいつもの通用口に向かう。
「どうかしたって! これ、これは何の裏切りですか!」
聞こえてきた木下の声に、ついニヤニヤしてしまう。
裏切り。
私の予想を裏切らないワード!
木下、流石だなー。
見れば、憤慨している木下に、いつもと違う黒いマシンに乗った蓼原先生がはおかしそうに笑っていた。
あー。初めて見るマシンだけど……蓼原先生っぽいマシンだな、と思う。
私の視線に気づいたのか、蓼原先生が私をちらりと見たような気がする。
これは、きっと参戦しろ! ってことだよね!
「Ninja、だろ?」
蓼原先生が真面目な顔で告げている。
「Ninjaには違いありませんけどね! これは裏切り行為ですよ!」
木下の勢いに、蓼原先生が木下の肩をポンと叩いた。
その視線が、私に向かって、ニヤリと笑われる。
完全に木下おちょくるつもりだなー。
「たまには、違う奴をつまみ食いしたい時だってあるさ」
木下が地団太を踏んでいる。わー。すっごいいいセリフ!
「おお! 朝から痴話げんか! しかも蓼原先生の浮気! さあ、木下、どうする?!」
私が横に立つと、木下が目を見開いて私を見た。
「……葉山。何で紛らわしところしか聞いてないんだよ」
木下が脱力している。蓼原先生が苦笑している。
あれ? 私に参戦しろってことじゃなかったの?
「いや、本当のことだろ」
それでも、しれっと蓼原先生が告げる。私のワクワクが更に高まった。それを見た木下が更に憤慨する。
「蓼原先生! 俺は何でNinjaを乗り換えたんですかって聞いただけですよ!」
「いやいやいや。なるほど。蓼原先生は浮気の時はバイクを乗り換えるわけですね! 徹底してますねぇ」
私はゆっくりと首を振る。
「まーな」
ブルブルと怒りで震える木下を横目に、蓼原先生がダメ押しをする。
木下が目を見開いた後、蓼原先生を睨んだ。
「ああ、俺もてあそばれてる」
ポツリと木下が呟く。私はポンと木下の肩を叩いた。
木下がなぜか首をかしげた。
「木下、私の目から見ても、木下は蓼原先生の本命だから。だから、大丈夫よ。蓼原先生の浮気は、単なる浮気。遊びよ、遊び。不安になることないって」
木下が思い切り首を横に振る。
「違うだろ」
「そっか、木下は自信がないんだね。……蓼原先生、浮気がイイとは思いませんけど、木下の嫉妬を煽る作戦としては、グッジョブです。ただ、きちんと木下のフォローしてあげてくださいね?」
私は蓼原先生に向き直って、切々と告げる。
でも、心の中ではニヤニヤと笑いながら木下の反応を楽しんでいる。
「ああ」
蓼原先生が頷いてくれる。流石です!
「でも、そのマシン、蓼原先生らしいです」
不満だけしかなさそうな木下と、驚いた様子の蓼原先生を残して、私は満足して通用口に向かった。
「蓼原先生! 何で煽るような返事するんですか!」
背中から、木下の叫び声が聞こえる。
私は笑いがこらえきれそうになくて、肩を震わす。
私は入り口にたどり着くと、二人を振り向いた。
「きーのーしーたー! たまには心の広さ、見せてみなよ!」
明らかに木下が憤慨したのはわかったけど、私はニヤニヤしながら病院に入った。
*
「あれ? 葉山、今日はバイクじゃないんだな?」
帰ろうと職員用の通路を歩いていると、後ろから声がかかる。
蓼原先生だった。
「お疲れ様です、蓼原先生。今日は……忠告に従っただけですよ」
私の言葉だけで蓼原先生は理解したらしく、頷いた。
「送るぞ」
「え? 私、ヘルメット持ってないですよ?」
「医局に、ヘルメット置いてるから、取ってくるわ」
「え?」
呆気にとられる私に、蓼原先生がおかしそうに笑う。
「今日は、乗らないとは言わないんだな」
「え? いや、だって……妄想するにはいいシチュエーションなんで!」
何でか、ちょっときょどってしまった。
「ま、そうだろうな。ちょっと待ってろ」
蓼原先生が踵を返す。
……ヘルメット置いてるとか思わなかったな。
木下のために置いてるのかも?
いや、十中八九、そうに違いない!
そうだ。
飲んで酔っ払った木下を、持ち帰るためのヘルメットだ!
えー!
そのヘルメット借りていいのかな?
……いいよね。
だって、私が子犬になり切ればいいんだもん!
頭の中で、新しいストーリーが動き出す。
あー。早く書かなきゃ!
忘れちゃう!
「おい」
蓼原先生の声に、ハッとする。
「さっきから声かけてるんだけど? また妄想してたのか?」
呆れた様子の蓼原先生に、私は胸を張る。
「当然じゃないですか!」
「……葉山はな」
はぁ、とため息をつく蓼原先生に、私はにっこりと笑いかける。
それで目を見開くとか、蓼原先生ってば、本当にひどい。
「驚くことないじゃないですか! 私のこと、今は木下だと思ってくれていいんで!」
「いや、無理だろ。行くぞ」
蓼原先生は私にヘルメットを渡すと歩き出す。
「あー。ゴメンナサイ、蓼原先生の木下への想いを踏みにじっちゃいましたか?」
「うるさい」
蓼原先生は怒ってるわけではなくて、呆れた様子で首を振った。
「はーい」
安全運転のために、心の中で妄想します!
滑らかに滑り出したバイクに、私は蓼原先生に身を任すことにする。私にできることはそれしかないから。
道路に出ると、バイクは迷うことなく直線を進んでいく。どんどんスピードがあがり加速する感覚が、いつもと違う感じがした。
蓼原先生の背中は、いつも通り安心できるのに。
カーブを曲がる。体重の乗せ方なんて考えたこともない。だけど、蓼原先生に身を任していれば大丈夫だって知ってるから。
ストレートに戻ってバイクと一体になって体が起こされる。スピードがまた上がる。
あ。わかった。
初めて、スピードを体感したような気がする。
自分でバイクに乗ってるときには、運転することに精いっぱいで、他のことに気をとられることはない。だけど、今はこのスピード感に、恍惚とした気持ちよさを感じる。
私はぎゅっと体を密着させると、完全に蓼原先生に身をまかせて、そのスピード感に酔いしれることにした。
「お疲れ」
蓼原先生がヘルメットを脱いで、私がヘルメットを脱ぐのを待っている。
あっという間のタンデムに、何だか名残惜しい気がする。
……ようやく、スピードの楽しさに目覚めたのに。
新作が、全然別の視点から書けそうな気がするのに。
「蓼原先生、もう少しツーリングしませんか?」
「……どんな心境の変化だよ?」
蓼原先生が苦笑している。
「ようやく、バイクのスピード感が体感できるようになったんですよ! この感覚を忘れたくないので!」
「ようやくかよ」
「ようやくですよ!」
「あのトリコロールに乗り始めてから、一年くらいは経つよな?」
「そうですけどね?」
「葉山、バイクの運転向いてないんじゃないのか」
蓼原先生の言葉に、私はカッと目を見開く。
「先生! 今は、作品の話をしてます!」
「……いや、してなかっただろ?」
「で、ツーリングは?」
私の返事に、蓼原先生は大きなため息をついて、ヘルメットを被り直した。
それは、OK、ってことだよね!
色々書きたい作品があって、設定を練ったりするため、この更新はスローになると思います。
この先どうなるのかは、葉山のみぞ知る、です!




