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「蓼原先生」


 私は空になったグラスを置くと、グラスを持ったまま、ぼんやりしている蓼原先生に問いかける。


「何だ?」

「知り合いの先生?、美人さんでしたねぇ」


 モヤモヤをかみ砕きたくて、枝豆を口元に入れる。これは、蓼原先生をからかうことでスッキリするかもしれないと思ったから、金子さんの話題を出した。でも、黙り込んだままの蓼原先生に、私は首を傾げた。

 ハッと我に返ったような蓼原先生が、口を開く。


「そうか?」

「そうですよ! あの人を美人と言わずして、誰を美人って言うんですか?!」


 その美人と付き合ってたくせに!

 そうだ! 蓼原先生をからかい尽くしてやる!


「え? 何で蓼原先生の知り合いを葉山が知ってるわけ?」

「丁度、木下がいない間に、先生のところにあいさつに来てたの!」


 知らない木下に、何だか上に立ったような気分になる。


「何で、葉山がはしゃぐんだ? その美人って、男?」


 木下が首をかしげる。


「それが、残念ながら女だったんだよねー。ホント、男だったら完璧だったんだけど!」


 そうか! そういう視点もあったんだ! 木下、たまにはいい仕事するわね! 

 蓼原先生が首をかしげた。


「完璧って?」

「勿論、次の新作のネタにですよ!」


 目を輝かすと、蓼原先生がグラスを煽った。


「葉山、他に考えることはないのかよ」


 呆れた目で木下がゆらゆらしながら最後の唐揚げをつまんだ。だけど、モグモグと咀嚼しながらも、瞼がとろんと落ちてきている。


「えー。だって、子犬×美形×美人だよー? どんな物語が始まるか、ワクワクしない?」


 テンションが高くなった私に、木下が大きく首を横に振った。


「しねーよ」

「しますよね?! 蓼原先生?!」

「……普通はしないだろ」


 乗ってくれそうなのに、乗ってくれないのは、元カノだから?

 もういいです! 美人が男だって考えれば、オールオッケーです!


「しますって、しますよ! あー。蓼原先生、お酒足りてないんですね! すいませーん、注文お願いします!」

「……最初から俺は飲んでないし。葉山、飲み過ぎじゃないか?」


 蓼原先生が私の顔を覗き見る。その瞬間、私は場面が思い浮かんだ。蓼原先生が、私の表情に驚いたのか目を見開く。


「今のいいですね! 次の作品のネタに使います! 飲み過ぎじゃないのか? からの、俺が介抱してやるよ、からの、熱いキス! いいですねぇ!」


 拳に力を入れる私に、蓼原先生が脱力する。

 あれ? いつものことなのになー。


「腐ってる」


 ぼそり、と木下はこぼすと、ぱたりと机に突っ伏した。蓼原先生が一瞬ぎょっとして木下の顔を覗き見る。木下は気持ちよさそうに眠っているだけで、蓼原先生がホッと息をついた。


「ご注文は?」

「あ、私はピーチフィズで!」


 いつの間にか来ていた店員さんに、私は元気よく答える。


「俺は、ビール。もう一つこっちにウーロン茶を」


 蓼原先生がビールとか、珍しい!

 と言うか、お酒飲んでるの見るの初めてかも!

 また新しいネタが浮かぶかも!


「お、先生、酔っ払うつもりになったんですねぇ」


 ムフフ、と笑う私に、蓼原先生がため息をつく。


「どうせ、酔っ払った美形を誰かが介抱する絵面とか想像してるんだろ?」

「当然じゃないですか! ま、酔いつぶれた子犬を美形が介抱するでもいいんですけどねぇ。何しろ、新キャラできましたから! どの絡みにするか、悩みますねぇ」

「……葉山、本当にぶれないな」


 蓼原先生が、ウーロン茶のグラスの氷をカランと回した。


「ぶれようがありませんよね?」

「……相変わらず、二次元じゃなくて、自分自身の恋愛には興味がないのか?」


 私は肩をすくめる。


「興味を持ちようがありませんよね」


 何だか、周りで色々と言われたりしたりもしてるけど、蓼原先生と私とか、あり得ないしね。

 そもそも、あんな美人さんと付き合ってた蓼原先生が、私を選ぶわけないし。

 ……いや、私も恋愛はしないけど。


「……言い寄られることもあるだろ?」

「え? ないですよ? モテて困る蓼原先生じゃあるまいし」


 私は真顔で首を振る。言い寄られるって、どこの世界の話かな、って感じすらするんだけど?


「……一回もないわけじゃ、ないだろ?」


 蓼原先生、真面目に言ってる気がするんだけど、大丈夫かな?


「先生、世の人々が一回は必ず言い寄られる法律でもあるんですか?」


 私の言い回しに、蓼原先生が苦笑する。


「いや、ないけどな」

「ですよね? じゃあ、別になくてもおかしくないですよ。私は全方向にBL愛を叫んでますからね。言い寄られるわけもありませんけど」


 生まれて24年間、一度もありませんけど、何か?

 全然、悔しくもありませんけどね? 


「葉山、いつから二次元に走ったんだ?」


 蓼原先生の質問に、私は天井を見上げて、始まりを思い出す。


「んーっとですね、友達に薄い本を教えてもらったのが、中一、いや中二の時なんで、それからってことになりますかね」


 たるが、こんな本読んだことある? って見せてくれたのが始まりだったな。


「……中二でって……一体どんな友達だよ。どこでそんな知識手に入れるんだよ……」


 蓼原先生が眉を下げる。


「え? 友達、何か妙な人間関係があって、そこから情報得てるみたいでしたよ」


 本当に、たるの交友関係はよくわからないんだけど。年齢層も幅広いし、話を聞いていると、国際色も豊かだったりするし。


「……そうか」

「いい友達持ちましたよねー」


 私が頷くのに、蓼原先生は苦笑した。


「……三次元で好きになった人間とかいないのかよ」 

「ないですねー。恋愛に興味もありませんし」


 私は、恋愛をしない、って決めてるからね。


「興味持つ人間とか、いないのかよ?」

「それはいますよ!」


 即答した私に、蓼原先生は、え、と声を漏らす。

 嫌だな。私だって、興味持つ人間はいるし!


「どんな絡みさせたら面白そうか、って思える人がいたら、興味津々ですよね!」


 木下とか、蓼原先生とか!


「そっちかよ」


 ツッコんだ蓼原先生が苦笑する。


「何かそれ以外にありますか?」

「葉山は、ないだろうな」


 蓼原先生が、大きなため息をついた。

 ……失礼な。

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