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「きーのーしーたー! お疲れ様!」
隣の席に座る木下に、私はニヤニヤとした笑みを向ける。
もう楽しくて仕方がない。
売店で買っただろうお弁当を広げていた木下は、胡乱な目で私を見る。
「蓼原先生とは、何にもないからな!」
私が言う前にけん制とか、嫌だなー。
「あー。そうだよね、そうだよね。ひっそりと愛をはぐくみたいよね。大丈夫、大丈夫。私はそっと二人を見守るから!」
私が告げると、木下が目をカッと見開く。
「そんなこと言ってねー!」
「あれ? それとも何? ライバルがいた方が燃えるってやつ? でも、ごめんね。私、性別がちがうから」
「違うし!」
ダン、と木下が割り箸をご飯に突き刺した。
「あ、そっか。大事な彼氏を、他の人に見せたくなかったってことねー。あー。愛だわー」
私がうっとりと告げると、脱力した木下は、ぷい、と顔をそらして、黙々とお弁当を食べ始めた。
「あれ? もう反論しないの?」
拍子抜けして席に座わると、カバンからお弁当を取り出しながら、木下を見上げる。
すると、明らかに呆れた視線が私を刺していた。
「……しても無駄だろ。会話成立してねーし!」
「やだ、してるしてる。大丈夫!」
「……本当に、葉山と話してると、何の話してるのかわかんなくなるんだよな」
はあ、と木下がため息をつく。
なんと、失礼な!
「仕事の話してるときは、私の説明よくわかる! ってよく言ってるでしょ!」
「……葉山、仕事の話するときはあんなにまともなのに……なんで他の話すると、全部そっちに持っていくんだよ!」
「そっち? そっちって何?」
「BL以外にあるかよ!」
「だって、それが正義でしょ!」
「何が正義だよ!」
ぷっ、と笑い声がして前を見ると、向かいに座る堀先輩が肩を震わして笑っていた。
「お前ら、ほんとにいいコンビだよな」
「違います!」
即答したのは、木下だ。
「お前ら、付き合えばいいのに」
出た。
私は堀先輩に向かって、にこりと笑う。
「ああ、堀先輩は、私の愛がどこに向かっているのか、ご存じなかったんですね。いいですよ。私の愛がどこに向かってるのか、1時間でも2時間でも、説明しますから」
私の言葉に、堀先輩が、ヒィッと声を漏らす。
どうやら、2年前の私たちの歓迎会のことを思い出したらしい。
軽く「付き合ってるやつとかいるのか?」と聞いてきた堀先輩に、私は歓迎会がお開きになるまで、とくとくと語り続けてあげたのだ。逃げようとする堀先輩を、追いかけまわして!
「いや、あれはもう勘弁してくれ! いや、もう葉山は好きなように木下に絡んでくれていいから!」
「いや、堀先輩! それ許可するとか、おかしいですから!」
慌てる木下から、堀先輩が目をそらした。
「先輩脅すとか、どんだけだよ……」
木下がため息をついた。
「人聞きの悪い。脅したわけじゃないし」
私はお弁当を広げると、ぱくりとミニトマトを口に入れた。
「いや、脅しただろ」
「ううん。木下がどうして蓼原先生とのことを素直に認めないのかな、って思っただけだよ」
「いや、今そんな話してなかったし!」
「えーっと、年の差がいけないの? いくつ差になるの?」
「いや、蓼原先生の年齢なんて知るかよ! 名前だって今日知ったばっかりなのに!」
あれ?
木下知り合いっぽかったのに、名前知らなかったんだ?
本当に、どんな繋がり?
「え? 名前も知らないのに恋に落ちるとか、ロマンチック!」
私は卵焼きを口に入れると、大きく頷いた。
「恋に落ちてないし!」
木下がムッとして、お弁当を掻き込み始めた。
木下が反応すればするほど、ついからかいたくなるのは、きっと人間のサガだと思うんだよねー。
*
帰り支度をしながら、もういなくなった木下の机を見ると、ニヤニヤと自然に笑みが浮かんでくる。
だって!
リアルで子犬×美形の絡みが見れるとか、どんなご褒美?!
しかも、どうして知り合いなのかわからないけど、木下と蓼原先生は知り合いらしいし。
あー。
どんなドラマがあって、ここで再会することになったんだろう!?
次の飲み会の時に、根掘り葉掘り聞かなきゃねー。
あ、蓼原先生の歓迎会で、聞かなきゃ!
あ、でも、蓼原先生と木下が仲を深めるのの邪魔しちゃいけないかな。
うーん。
「葉山先輩!」
スタッフルームに飛び込んできた声に、私は振り向く。
「何? どうしたの、多田っち。そんなに慌てて」
はーはーと息を切らしている多田は、すでに制服を脱いで私服に着替えている。
「外! 葉山先輩、外見てください!」
多田が窓を指さす。
「外?」
私だけじゃなくて、スタッフルームに残っていた他のスタッフも窓に向かう。
「え? 外に何があるの?」
窓の外を眺めても、何もあるような気がしないんだけど。
「木下先輩と、蓼原先生が……」
「2人がどうしたの!?」
俄然、私の声が高くなる。
「2人でこれからツーリングに行くって!」
「え?! 本当に? 駐輪場に2人でいるってこと?! どこどこ!?」
興奮した私と多田を置いて、窓に近寄ってきていた面々が自分の席に戻っていく。
これからが、盛り上がるとこなのに!
「あ、ほら、あそこです!」
多田が指さした先を見ると、二人がそれぞれのバイクにまたがったところだった。
「あ、そう言えば、木下新しいバイク買ったとかなんとか言ってた! なんでタンデムじゃないのよ! バイク置いていきなさいよ!」
「え、でも先輩。二人でツーリングっていうのも、素敵なスチルじゃないですか?」
多田は、BLのゲームにハマっている。
「あー、確かに、ナシじゃないか」
「あ、動き出した!」
多田が窓に張り付く。当然、私も。
薄暗い駐輪場から出てきたバイクが、街灯の下に並ぶ。木下のバイクより、蓼原先生のバイクの方がゴツイ。
「あ、2台とも黄緑なんですね! お揃いだー」
「あれはね、ライムグリーンって色なの。Kawasakiのチームカラー」
「葉山先輩、良く知ってますね」
「ま、ね。でも、私が好きなのは、Hondaのトリコロールだから」
私の愛は、それに注がれているって言っても過言じゃないから。
あ、でも今は!
2台のライムグリーンが、目の前を走り抜けていく。
「2台の同じ色のバイクが同時に走り出すとか、神シーンじゃない?」
「激しく同意です!」
多田もいい趣味してるね!