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あー。天国。
私はホッと息をつく。
寒い外から暖かい更衣室に入ると、本当にホッとするよね!
特に今日はスカート履いてきてるから、寒い!
今日は忘年会に出なきゃだから、一応TPOをわきまえた格好はしている。
それが、整形外科のカオス忘年会だとしても!
納涼会の惨状を知る身としては、行きたくはなかったんだけど。
うちの病院では、納涼会もそうだけど、忘年会という飲み会が、科ごとに開かれる。
単に、飲む理由がほしいだけなんだと思うんだけど。
で、関係する部署は、当然お呼ばれする。
……問題は、連日続く忘年会に誰が参加するか、ってことだ。
毎日とか無理でしょ!
時々数連チャンする猛者はいるけど。
うちの部署は、基本的にアミダくじで決まる。
当たり(ビンゴの景品が豪華)に当たれば、ラッキー。
ハズレ(先生たちがはしゃぎすぎてカオスになる)に当たると、御愁傷様。
そして、私は見事、ハズレをひとつ引いた。
今日の飲み会。
道連れは、多田。ひっそりと隅っこで腐女子会を開こうと思っている。男子が当たると、巻き込まれるけど、女子は巻き込まれずに済む。やっぱり、セクハラとかうるさいからね。
「葉山さんって」
「葉山ちゃんがどうしたの?」
自分のロッカーに向かってると、自分の名前が耳に飛び込んできた。
相手はわからないけど、聞き返したのは天使なナースの村井さんだ。
はて? 私って、話題になるようなことってあるっけ?
女子ロッカーじゃ、噂話もたくさん飛び交う。だけど、ネタになるような話題を提供した記憶はないんだけどな。
別の葉山さん? 知らないけど。
「蓼原先生と付き合ってるって、本当?」
はい? なにその噂!
「え? さぁ?」
村井さんはの声は明らかに困っている。
「二人でバイクで帰ってるらし……」
「おはようございます!」
私は聞かなかったふりをして、ニッコリと挨拶する。それってあれだ。私が生理痛で動けなくなった時の話だな。まあ、病院から乗っていったんだから、見てる人はいるよね。
「あ、おはよう!」
ホッとした様子の村井さんは、きっとさっきの話題に困ってたんだろう。流石天使。
「おはようございます」
噂を口にした主(やっぱり名前は覚えてない)は、何か言いたげに私を見てるけど、無視だ。
変に言い訳すると、もっとめんどくさいことになりそうだし。
そして大抵そういう人は、本人に尋ねるつもりなんてない。
だって、噂が楽しいだけだからね。
私が反応しないのが気まずかったのか、噂をしていた主はそそくさと出ていった。ほらね。
村井さんは、気遣うように私を見て、私がうなずき返したら、ほっとして更衣室を出ていく。
あー。
何で蓼原先生と私の組み合わせな訳!?
青山ちゃんは、木下の合コンが失敗したことを木下本人から聞いてご機嫌で、そのあとはあんなこと言い出さなくなってたのに!
……蓼原先生の相手は木下でしょ!
あ! いいこと思い付いちゃった!
今日が、整形の飲み会で良かったかも!
*
「そうそう蓼原先生、今日整形のドクターの飲み会なんですよ!」
私は見つけた蓼原先生に、興奮気味に告げる。
私ってば、天才なんじゃないだろうかって、自画自賛中だ!
当然、事情を知らない蓼原先生の表情が困惑する。
「はぁ、それで?」
「今日は、私と木下が行くことになったんです!」
「……そうか」
蓼原が興味なさげに、ぼそりと告げた。
「先生、最近ノリ悪くありません?」
最近、子犬×美形につながる話題に対して、蓼原先生の反応が芳しくない気がしている。最初の頃ほど乗ってこない。
話題にしすぎてうんざりしてきたのかな?
「そうか? 単に葉山達が飲み会に行くだけの話だろ」
私はがっくりと項垂れる。
蓼原先生って、勘がいいと思ってたんだけど、気のせいだった?
「整形のドクターに、ホンダ党がいるって知りません?」
このヒントを出せば、どう?
蓼原先生は苦笑するでもなく頷く。
「ああ。脇田先生な」
「ちょっと、何ですかそのリアクション!」
せめて、苦笑ぐらいしてほしいんですけど! リアクション薄い!
「いや、むしろどんなリアクションを求められてるのかが分かんなくて、正直困ってる」
蓼原先生の言葉に、私は大きくため息をついた。
「ホンダ党、しかも、トリコロールカラーのマシンを操る相手に、木下が奪われるかもしれないんですよ!」
「……はぁ、そうか」
全然響いてる気がしない!
「……何で危機感が足りないんだろ?」
「危機感って」
蓼原先生が呆れて肩をすくめる。
「あ、蓼原先生、知らないんですっけ?」
うーん。もしかして、そのせい?
「何を?」
「整形のドクター、男性ばっかりいるせいか、悪乗りしやすいんですよ。私、一度男同士でキスしてるの見かけましたよ」
「……ああ。でも、医者の世界じゃ良くあることだよ」
蓼原先生が苦笑した。
……だよね。整形の納涼会に、蓼原先生もいたよね。見てるよね?
「木下が、脇田先生の毒牙にかかるかもしれませんよ?」
「……まあ、止めようがないだろうな」
リアクション薄い!
「……もし、ヒーローになりたくなったら、連絡ください。何だったら、多田が案内してくれますから!」
蓼原先生が首をかしげる。
「何でここで多田が出てくるんだ?」
「これはそもそも、私と多田で謀ったんです。元々は私と多田が行く予定だったんですけど」
「あー。話は分かった。でも、行かないし」
どうやらこの話の真相はすぐに伝わったらしい。
……それこそ、蓼原先生だよ。
でも、蓼原先生は興味なさげに立ち上がろうとする。
「あんまり木下いじめてやるなよ」
「なんだ、つまんないの。蓼原先生、やっぱり最近ノリ悪いですよ」
「十分乗ってやってるだろ」
ため息をつくと、蓼原先生は立ち上がった。
何だか、不完全燃焼。モヤモヤする!
全然、乗ってくれてませんよ!




