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職員用の通用口を開けると、夕闇が迫ってきていた。
でも、今日がいい天気だったって名残が、秋の高い空に残っている。
「いいツーリング日和だったんだろうなー」
私の妄想を捗らせてくれる、木下と蓼原先生の休日に、私はニヤニヤした笑いが漏れる。
お陰で、土日での作業ははかどりまくって、二人の物語は完成した!
明日、木下にお披露目してやるんだー。
「あ、葉山っちだー。お疲れ様ー」
通用口が開いて現れたのは、青山ちゃんだった。
「お疲れ様ー」
「あれ? なんかいいことあった?」
青山ちゃんの言葉に、私は首をかしげる。
「わかる?」
確かに、作品は完成したし、二人のツーリングを妄想すると、いいことしかないけど!
「だって、声が疲れたって感じじゃないもん」
「えー。いつもそんなに疲れてるかな?」
「そこまでではないけど、今日は特に声が明るいから。何かあったの?」
「作品が完成したのと、今日、木下と蓼原先生がツーリングに行ってるんだけど」
「え? 今日って……平日だよね?」
不思議そうな青山ちゃんに、私はコクコクと頷く。
「それが、木下が地元に合コンに行くとか言い出して……え?」
私の言葉に、目を見開いた青山ちゃんが、なぜか私の腕を力強く握る。
青山ちゃん?
「……木下君が、合コン?」
固い声の青山ちゃんに、私はぎこちなく頷く。
何か、変なこと言ったっけ?
「それって、蓼原先生がそそのかしたってこと?! おのれ、蓼原先生! 今の今まで、モブとも思っていなかったけど、この所業は許さざるべし! 今日から倒すべき敵は、蓼原先生だ!」
青山ちゃんがこぶしをギリギリと握り込む。
あれ? 青山ちゃん?
なぜに、ヒートアップ?
「純粋な勇者をそそのかすとは、許すまじ!」
「え? 勇者? え? 何が?」
戸惑う私をよそに、青山ちゃんが私を見て、冷たくにこりと笑う。
「詳しい話、聞かせてもらおうか」
「えーっと……いや、何が?」
状況が全然わからないんだけど!
「大丈夫、私の家、すぐそこだから!」
あー。病院横の寮に住んでるのは知ってる!
でも、今の状況は全然わからない!
「えーっと、今日はちょっと用事が」
たるに新作の感想聞くって用事があるのは、本当!
「ご飯出すから! 今日は、魚介のクリームパスタの予定」
独り暮らしの何が困るって、毎日のご飯だよね。
それに、青山ちゃんが料理得意なのは、何度かご飯をごちそうになってるから知ってるわけで。
そして、青山ちゃんの魚介のクリームパスタは一度食したことがある。
実に、美味だった。
「……行きます……」
ニッコリと笑った(でも目が笑ってない)青山ちゃんに、私はドナドナされていく。
*
「えーっと、何かな、葉山っち。では、合コンに誘ったのは蓼原先生ではないと?」
警察官よろしく私を尋問する青山ちゃんの手には、海老が刺さったフォークがある。
この質問が出てきたことに、ようやくホッとする。
鬼のような形相で料理と戦う青山ちゃんは、その合間でも私に尋問を重ねた。
だけど、どうも青山ちゃんの蓼原先生が悪いって先入観を払拭できず、パスタが3分の2になった頃に、ようやくここまでたどり着いた。
思い込みって……大変!
もうね、青山ちゃんの中では蓼原先生が最悪の魔王になってたから!
「そだよ。木下が自分でやりたいって言ったんじゃないの?」
青山ちゃんが目を見開く。
……いや、この台詞、もう4回目くらいになると思うんだけどね。ようやく届いたらしい。
私の言い方が悪かった訳じゃ……ないと思うんだけどな。
「何で……」
がっくりと、青山ちゃんが肩を落とす。
なぜに?
どうやら、青山ちゃんが木下を勇者としてキャラ指定してるのだけはこの時間のなかで理解したけど。
どれだけ高潔な勇者イメージだったんだろ?
「えー。俺も彼女がほしいんだ、って吠えてたけど」
「何で?!」
青山ちゃんのフォークが、皿のパスタの上に刺さった。
その勢いに、私はビクリとなる。
「えーっと……別に木下もノーマルだからねぇ。私のネタにはなってるけど……」
もしかして、私の設定が青山ちゃんを勘違いさせてた、とか?
「ね、葉山っち! 私って、木下くんにとっては、単なる同僚なのかな?!」
向かいから体をずい、と近づけてくる青山ちゃんに、私はまばたきを繰り返す。
えーっと……これって、どういう意味?
「まあ……同僚のなかでは、仲がいい方になるんじゃないかな? 仲のいい同期? って感じ……?」
私の説明が進むにつれ、青山ちゃんの肩が落ちていく。
あれ? この説明じゃダメだった?
「仲のいい同期……。そうか、そうなんだ。バイクに乗せてくれるって言ったのに、結局乗せてくれないし! あれって、結局社交辞令だったってこと?!」
顔を上げた青山ちゃんの勢いに、私はぎこちなく首をかしげる。
「えーっと……。木下が社交辞令とか言うかな?」
社交辞令とか言いそうなタイプじゃないと思うけど? 何しろ、からかい甲斐があるくらい素直だしね?
「でも、バイクには結局乗せてくれないし、挙げ句に彼女が欲しいから合コンだよ!? これって、脈なしじゃない?!」
「脈なし……? いや、木下生きてるよ……?」
「そういう意味じゃない!」
ナースジョーク、なわけ……じゃないとすると、私に思い当たる意味は、一つしかないんだけど?
「え? 青山ちゃん、木下のこと……もしかして好きなの?」
私は驚きで目を見開く。
そして青山ちゃんも、なぜか目を見開く。
「え? 葉山っち、今気づいたの?」
まじで?!
私は衝撃のあまり無言のままコクコクと頷く。
「葉山っち気づいてるのかと思ってたのに」
私はブンブンと首を横にふった。
青天の霹靂、ってやつだ。
「……あるときまでは、木下君と両思いかも、って思ってたんだけど……」
青山ちゃんが目を伏せた。リアルな恋バナって、実は初めてで戸惑う。
「そう、なんだ」
慰めたらいいのか、どうしたらいいのか、本気でわからない。
「でも……そうだよ! そもそも蓼原先生が出現してきてから、おかしくなったんだよ!」
青山ちゃんがムッとした顔で顔を上げた。
「へ?」
予想外の内容に、声が漏れる。えーっと……どっちもリアルじゃノーマルだよね?
「そうだよ、蓼原先生が悪いんだよ!」
「えーっと……蓼原先生は、別に恋のライバルじゃなくない?」
別に蓼原先生を擁護するつもりはないけど、何か話がおかしいとは思うんだけど?
「だって、そもそも私と木下くんのタンデムの約束が反故にされたのは、蓼原先生が度々木下くんをツーリングに誘うせいだよ!」
あ、それは間違ってないかも?
「そう、かもね」
「あ、いいこと思い付いた!」
パッと青山ちゃんの表情が明るくなる。
そして、その瞳が私を捉える。
なぜ?
「葉山っちが、蓼原先生のツーリングに付き合えばいいんだよ! そうだよ、それがいい!」
「あー。それはきっと、蓼原先生がいやがると思うよ」
私はホンダのトリコロール乗りだしね。
木下を誘うのだって、同じライムグリーン乗りだからでしょ。
「そんなことないよ!」
「いや、そんなことあるでしょ」
私は苦笑して首を横にふる。
「いや、あるよ」
なぜか、真面目な顔で、青山ちゃんが私をじっと見る。
「だって、葉山っちは気づいてないかもしれないけど、あの無感情な蓼原先生が笑ってる姿見るときって、葉山っちがいるときだって噂だよ?」
「はい?」
なにその噂って?
「それで蓼原先生諦めた人もいるって話だし、だから、自信もって!」
「いや、それって、そこに一緒に木下がいるよね?」
たぶん、私と木下のやり取りに苦笑してる蓼原先生なんだと思うんだけど?
なのに、青山ちゃんはにこりと笑う。
「だから、頑張って蓼原先生を落として欲しいな!」
「意味わかんないから!」
……何で、こんな話になったんだっけ?




