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 私は慌てて服を着替えてジャケットを羽織ると、バイクのカギを握り締めた。

 少し震えるカギを握る手に、戸惑う。

 こんなに動揺したのは、初めてかもしれない。

 この状態で、何時間もバイクに乗って行けるだろうか?

 ……そんな自信が、あるわけもなかった。

 まだ日曜の昼前。時間はある。それに、往復するなら、新幹線の方が速い。

 そう思って、バイクのカギを置くと、私は荷物を持って靴を履く。

 

 別に何か悪いことが起きるって決まったわけじゃない。

 ただ、たるが手術するってわかってるだけだ。


 *


 窓の外を眺めながら、とりとめもなく、いろんなことが渦巻く。

 トンネルに入ると、耳がキーンとする。

 暗くなった車窓に、強張った自分の顔が映って、ハッとする。


 たるのことを責めるために会いに行くんじゃないのに。

 たるのことが心配で会いに行くのに。

 こんな顔で現れたら、たるだって、困るはずだ。

 小さく息を吐くと、いつの間にか握り締め過ぎていた両手が、真っ白になっているのに気づいて、ぎこちなくほどく。

  

 連絡が来たのは、たる本人からじゃなくて、たるのお母さん伝手で私のお母さんから。

 私たちが出会ったのは病室だったから、子供同士が仲良くなるのと同時に、母親同士も仲良くなって、その交流はいまだに続いているのだ。

 そして、今朝私はその話をお母さんから聞いて、慌てて私はたるに連絡した。

 だけど、「あ、おばさんからか。うちのお母さんも、余計な心配させちゃって、ごめんね。大した手術じゃないから、大丈夫だよ」っていつもみたいになんでもないことのように言うたるに、私はいてもたってもいられなかった。


 少し前から感じていたたるの発言に対する違和感。

 それは、本当に気のせいだったのか。

 私に本当のことを言えなかっただけじゃないのか。


 同じ病気で戦ってきた仲間として。

 それが、また同じ病気だとしたら?

 きっと……たるは言わないんじゃないかって、思った。

 だから、私はたるが心配で、会いに行くことにしたのに。


 そこまで考えて、座席に背中を押し付けた。

 ……私の独りよがりで、勝手な心配なのかもしれない。

 だけど、だけど、家でじっとしとくなんて、できるわけがなかった。

 私にとっては、たるはなくしたくない友達だから。

 

 *


「ナル、どしたの?」


 実家住まいのたるの家に向かったら、目を丸くしたたるが現れた。

 それは、本当に不思議そうな表情で、まるで、私が現れるわけがないと思っていた表情だった。


「どしたの、って……だって……心配で!」


 私の目に、途端に涙があふれた。


「あら、ナルちゃん、どうしたの?」


 後ろから現れたおばさんまで、のんびりした口調で驚いている。

 ……それは、いつもと変わらないおばさんの様子だけど、私にとっては、まるで私だけが別世界にいるみたいな気分になった。


「だって! たるが手術受けるって……」

「あー。……手術って言っても、本当に大したことない手術なんだよ?」

「そうよ、流石に1泊2日ってわけにはいかないみたいだけど、1週間くらいで退院するのよ?」


 たるの困ったような声に、おばさんののんびりした声が重なる。


「え?」


 私は止まった涙を瞬きで落としながら、困った表情のたるを見つめる。


「子宮筋腫の手術なんだけど。あれ? お母さんから聞いてないの?」

 

 首を傾げたたるに、おばさんが、あ、と声を漏らす。


「そう言えば、何の手術か言わなかったかも?」

「おかーさん! だから、ナルが勘違いしてわざわざ来ちゃったんだよ!」


 何だか、この勘違いの成り立ちが理解できて、私はホッと息をつく。


「ごめん。うちのお母さんも、早とちりする質だから……。手術するのに変わりはないけど……でも、良かったー」


 私はずるずると玄関先に座り込む。


「とにもかくにも、心配してくれてありがとう」


 苦笑しながら手を差し出すたるに、私は首を振りながら手を取る。


「ごめん。悪い方に心配しちゃって」

「いや。そもそも、直接言わなかった私も悪いんだし」


 その言葉に、私は立ち上がってムッとする。


「そうだよ、何で言ってくれなかったの?」

「いや、大した手術じゃないし。心配させるようなことじゃないから、と思ったんだけどね……まさかの勘違いがあるとは」


 ハハハ、と笑うたるを私は睨む。


「言ってくれれば良かったのに」

「心配させたくなかったんだって」


 たるが肩をすくめる。


「まあまあ、せっかくナルちゃん来てくれたんだから、とりあえず上がって」


 おばさんの言葉に、私とたるは顔を見つめてお互いにクスリと笑う。


「すいません、突然おじゃまして。……手土産もないんですけど……申し訳ないです」


 それどころじゃなくて、お土産とか、考える余地もなかったから。


「あらあらいいのよ。久しぶりにナルちゃんの元気な顔が見れたから」


 ふふふ、と笑うおばさんが、家の中に引っ込んでいく。


「ナル、大袈裟だって」


 ふふふ、とおばさんと似た笑い方でたるが笑う。


「だって、最近のたるの発言……ちょっと違和感があったから……それも、勘違いした原因なんですけど!」

「あ……」


 どうやら心当たりがあったらしいたるが、気まずそうに頬をかく。


「まあ、簡単な手術って言っても……何があるかわかんないから……」

「ほらね! やっぱりそう思ってるんでしょ! ……不安なら、いくらでも聞くのに」

「……うん。ごめん」

「いや。……私も、言いにくくしてたのかもしれないし……」

「……いや、言いたいことは言ってたし、聞きたいことは聞いてたよ。私の心配事って、ナルがリアルで生きていけるかどうか、だからなー」

「それ、お互い様でしょ! 余計なお世話だから!」


 私の言葉に、たるがニヤリと笑う。

 いつもと変わらないたるに、私は本当に、心の底からホッとする。

葉山にバイクに乗らせようと思ったんですが、状況が状況なので、危険と作者判断し、乗せませんでした。……葉山がバイクに気持ちよく乗ってる場面って書ける日が来るんだろうか(笑)。

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[一言] 葉山には永遠の初心者でいてほしいw
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