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 あー……痛い。

 私はいつもの痛みを抱えながら、机に突っ伏す。

 って言うか、今日生理来るとか、予想外だったんだけど。薬とか持ってきてないし。

 ……あの薬じゃないと効かないし、他の薬合わないんだよね……。はぁ。

 いつもの予定なら、もう少し後だったから、油断してたな。

 仕事終わるまで、あと3時間かー。

 あ、今日中にやらなきゃいけない仕事あったんだった。……早く終わらすしかないか。


「葉山、体調悪いんだったら、帰れよ」


 頭の上から聞こえてきた木下の声に、私は手だけを上げる。


「ほっといて」

「あのな、俺が体調悪かった時、説教したのは葉山だろ。患者さん相手の仕事なんだから無理すんなって」


 私はのっそりと顔を上げる。


「あのね、私は熱があるわけでも、人にうつすような病気でもないの。OK?」


 私の言葉に、木下が眉を寄せる。


「は?」


 ……木下、彼女いたことないのかな。……痛いし、どうでもいいけど。


「察しろ。モテないぞ」


 あー、そう言えば、たるが木下を好きな人がいるとかなんとか言ってたような気がするようなしないようなするような。

 ……痛いし、どうでもいいわ。


「あ……。って言うか、モテないのは完全に葉山のせいだろう!」


 どうやら私が言いたいことを気づいたらしい木下に私は満足して頷く。あとの文句なんてスルー……いや、ひとこと言わせてもらおう。


「ヒトのせいにしない」


 モテないのは、自分にも問題があるんだよ、木下君。

 大丈夫。私は自分に問題があるって理解しているよ、木下君。

 あー……痛い。本当に、モテるとかモテないとか、どうでもいいわ。


「……絶対、葉山のせいだからな……。てか、本当に無理すんなよ」


 ぶつくさと文句を言いつつも、何だかんだと気遣ってくれる木下は、いい奴であることは間違いないだろう。

 だから、私のターゲットにされるんだけど。

 ……痛いから、今は考えられないけど。


 *


 あー。痛い。

 仕事終わったけど、動けない。


「葉山、どうかしたか?」


 頭の上から聞こえてきたのは、蓼原先生の声だった。

 私はのっそりと顔を上げた。


「あ、大丈夫です。ご心配なく」


 そう言って、私はまた突っ伏した。


「……どう見ても大丈夫そうに見えないけどな」


 もう一度顔を上げると、私は呆れた気分で蓼原先生の顔を見た。

 何で、揃いも揃って、察せないかな!


「……先生、モテないのはそういうところだと思いますよ」

「ああ、悪い」

 

 どうやら、蓼原先生は私の嫌味だけで理解してくれたらしい。

 ……蓼原先生がモテようとモテなかろうと、どうでもいいし。痛いし。


「帰れるのか?」


 蓼原先生、愚問です。 


「え? 帰るしかないですよねー」

 

 病院で一晩明かすとか、嫌なんですけど。


「いつもそんな感じなら、バイクで来るの辞めたらどうだ?」


 どうやら、蓼原先生は私の机の下にあるヘルメットに気づいたらしかった。

 

「いつもならそうしてるんですけどね。ちょっと予想外だったんで」

「……送って行く」


 へ? 

 間の抜けた声が出た。

 どういう意味?

 ……蓼原先生のマシンで、ってこと?


「まだ立てそうにもないのか?」

「……私の愛車はどうなるんです?」

 

 私は自分のマシンで帰ります、ってつもりで言ったのに、蓼原先生は私の足元のメットを掴んだ。


「調子が戻ってから乗って帰ればいいだろ」

「そんなー。盗まれたらどうするんですかー」


 買ったばっかりなんですけど!


「知るか」


 蓼原先生が呆れたため息をつく。


「愛車よりも自分のことの方が大事だろうが。ただでさえ運転が下手くそなのに、更にふらついて事故ったらどうする」

「え? 自己責任、でしょうねぇ」


 痛いから、考えもまとまらないし。

 私の答えが不満だったのか、蓼原先生の表情がムッとしたものになった。

 珍しー。

 ……いや、どうでもいいけどね。痛いから。


「そんなにしゃべる元気があるなら行くぞ」

「へ?!」


 私の体が、ふわっと浮いた。

 え?! これって!


「先生、私より木下をお姫様抱っこしてください!」

「これのどこがお姫様抱っこだ。バカも休み休み言え」


 蓼原先生は私の腕を掴んで強制的に立ち上がらせただけで、そのせいで一瞬だけ浮いたようになっただけだ。だけど、蓼原先生の無理やりな感じに、私の妄想が動き出した! 

 ……すごい! 妄想が痛みを凌駕するってことがあるんだ!


「えー! いいじゃないですか。妄想するぐらい!」

「妄想する元気があるなら、行くぞ」


 その言葉に、私は蓼原先生の愛車を思い出した。


「……まさかのライムグリーンに私が乗る日が来るなんて……。れっきとしたライバルなのに!」


 コーイチは、ホンダのチームのライダーだから! いや、ライダーになる予定だったんだけど。


「ライバルでもなんでもいいから、荷物は持てるか?」

「……何だか納得いかないですけど……いいです! この経験を、私の作品に生かします!」


 絶対、この経験を役に立てる!

 そうしないと、コーイチに申し訳が立たない!

 私はもそもそと荷物を背負う。なぜか蓼原先生が大きくため息をついた。


「お前、体調悪くても妄想は止まらないんだな」

「だって、目の前にいいモデルが居るんですよ? 妄想以外に何をしたらいいんですか?」

「……黙って痛みに耐えとけばいいんじゃないのか」

「そんなこと! もったいなくてできませんよ!」


 妄想が痛みを凌駕するって知ったんだし!

 蓼原先生はため息をつくと、歩き出す。でもその手は私の腕を掴んだままだ。ドナドナされてるみたい。扱いが、雑だ。


「先生! もうちょっと優しくしてくださいよ!」


 私、一応痛みに耐えてる子羊なんですけど。


「……優しくしてほしいなら、もっとまともなことを言え」


 おー。


「今の、何だか使えそうなセリフですねぇ。先生、メモお願いします!」

「分かった。分かったから、俺の背中に乗せてからも同じテンションでしゃべるな。俺だって事故るのは御免だ」

「え、私だって御免です。大丈夫です。妄想しなければ何とかなります!」


 作品を完成する前に死ねるものか!


 *


「落ちそうだから、腰にしがみついとけ」


 私が肩に手を置いて、後ろのグラブバーをつかもうとすると、蓼原先生が後ろを振り返った。

 ……えーっと、それは抵抗があると言うか……。

 私が躊躇しているのに気づいたらしい蓼原先生が、私の両手をつかむと、有無を言わさず蓼原先生の腰に回した。

 ……これ、密着するしかなくなるんだけど……。

 かなり、抵抗がある。


「力抜けよ」


 蓼原先生の言葉に、私はハッとする。

 コーイチが、主人公に言っていた言葉と同じだったからだ。

 そうか。

 私はこれから、子犬の気持ちになって乗ればいいんだ!

 そうと決まれば、躊躇はしない。

 だって、私は今は、子犬だから!

 

 蓼原先生の背中は大きい。何だか、お父さんの背中みたいだ。うん。安心する。

 ……いや、それじゃ、二人の物語が始まらない!


「じゃあ、行くぞ」

 

 蓼原先生の声が背中に響いたあと、ゆっくりとマシンが動き出す。

 あ。すごい。

 私の運転と、全然違う。

 たぶん、蓼原先生、運転が上手なんだと思う。……けど、痛いな。

 あー。妄想しなきゃ、痛みが襲ってくる!


 えーっと……子犬が……この広い背中にドキドキするわけだよね。

 ムラムラするのか?

 いや……とりあえず、ドキドキでいいよね。

 いや、でも、子犬が攻めだから、ムラムラでもいいのか。

 あ。

 この頼れる背中を自分の下に組み敷くとか、想像しちゃうのかも。

 あ、アリアリ! それ、アリ!

 それで、それで……。


 マシンが止まって、私はようやくトリップから戻る。

 ……そうか、20分くらいじゃ、すぐに終わるよね。

 あー。もう少し、妄想タイム欲しかったなー。

 でも、有意義な時間だった!

 


 私がマシンから降りると、蓼原先生もバイクから降りてメットを外す。

 何で降りてきたんだろ?


「大丈夫か?」


 ヘルメットを脱いだ私の顔を蓼原先生が覗き込む。

 コレ! コレ、いい! 

 使える!


「どうかしたか?」


 蓼原先生が、街灯の下で怪訝な表情になる。


「先生! 今日はありがとうございました!」


 ガバリ、と私は頭を下げた。


「いや、そこまでのことはしてないから」


 いいえ! そんなことはありません!


「いえ。そこまでのことを先生はしてくださいました!」

「いや、別にいいよ。でも、あんまりひどいようなら、病院受診しろよ」

「本当にありがとうございます! これで、私一つ新作が書けそうです!」


 私の言葉に、蓼原先生の動きが完全に止まった。


「もう、蓼原先生の背中で、妄想が止まらなくって! これは絶対作品にしなきゃって! 今覗き込まれたのも、絶対作品に生かしますから!」


 妄想は、痛みを凌駕する!

 だって、今、痛み弱まってるもん! こんなこと滅多にないのに!

 私がニコリと笑うと、蓼原先生はため息をついた。ため息つくことなんてないのにね?


「あー。そうか。まあ、頑張れ」


 ぞんざいにそれだけ言うと蓼原先生はヘルメットをかぶってマシンに跨った。

 いいですいいです、そんなに照れなくても。

 新作、書きますからね!

 本当に、蓼原先生、感謝です!

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