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『キター!!』


 一瞬で興奮がMAXになるなんて、そうそうあることじゃない。

 推しが3次元になるくらいじゃないとこんな風に興奮はしないだろう、と、数分前の私は思っていた。

 だけど、ありうることなんだ、って今の私はわかる。

 でも、私も一応社会人。その興奮は、何とか頭の中に押し込めた。


 開いたエレベーターに乗り込んできたのは、顔は知った人事課の人と、見知らぬ長身の美形男性。

 私の興奮がMAXになったのは、エレベーターのドアが開いて、長身美形の顔が見えた瞬間だった。


「こんにちは」


 さりとて、これでも社会人。

 私はさも、何も考えてない風を装って、頭を下げた。


 案内しているのが人事課の人間だけで、ナースも他の技師も一緒に居ないってことは、ドクターかな? と当たりをつける。

 私の推測を後押しするように、人事課の人が医局がある4階のボタンを押した。

 4階には、他に院外の人が立ち寄るような場所はないから、きっと私の予想は当たっているだろう。


「こんにちは」

 

 長身美形が微笑みを私に向けている。医師なのに、ぶっきらぼうじゃない! 挨拶返してくれない先生だって多いのに!

 しかも、長身美形の声は、2次元でしかお目にかかれないようなイケボだった!


 何ソレ! 美形に、愛想があって、医師に、イケボって、スパダリの条件満たしてない?!

 やだやだやだやだ! 

 私は興奮で身もだえする。……一応、心の中で。

 だけど、どうやら私の興奮は、隠しきれなくなったみたいだ。

 だって、美形長身スパダリの私を見る目が冷たくなって逸らされたから。

 

 でも、しょうがないよね!

 だって、スパダリだよ!? うちの病院の先生で、ここまでスパダリ基準に当てはまる先生、居なかったし!

 興奮するのだって、仕方ない!


「やっぱり、タチ、よね。いや、でもネコってあり?」


 静かなエレベーターの中に、私のつぶやきだけが落ちていく。

 あ、ヤバイ。心の声が漏れた。

 ……まあいいか。

 長身美形スパダリとどうにかなる予定なんて、ゼロだし。もちろん、人事課の人とも。

 

 ポン、とエレベーターが止まる。

 ああ、3階でレントゲンを撮らなきゃいけないから仕方ない。

 私は降りる前に、長身美形スパダリの姿を目に焼き付けた。

 当然、私がこれから描くだろう作品の参考のために!

 だから、閉じそうになるエレベーターのドアから慌てて降りることになったのは、致し方ない。

 

 長身美形スパダリとは、扉が閉じる最後まで視線が合うことはなかったけど。

 今日はいい収穫があった。

 だって!

 ようやく子犬の相手役が決まったんだもん!

 ……うちの職場には、すでに私が脳内で主人公として定めている人物がいる。

 そして、その相手役として、今日の長身美形スパダリが、見事選定された。

 苦節2年。

 ようやく、私の作品の構想が……動き出しそう!


 私は心も晴れやかに、廊下に置いてあるポータブルのレントゲン機器に向かって歩き出した。


 *


「ね!」


 私がエレベーターで遭遇した長身美形スパダリの話をすると、同僚である木下が不機嫌そうに目を細めた。


「はーやーまー! 何が、ね! だよ! 俺の恋愛対象は女性だって言ってるだろ!」


 スタッフルームの中なので、木下の叫び声は控えめだ。その代わり、私をぎろっと睨んでいる。


「え? 美形×子犬嫌だった?」


 でも、木下に睨まれても、全然怖くない。


「だから、違うって! そもそも、俺の身長が低いからって、子犬認定するなって言ってるだろ!」

「あ、子犬×美形ってこと?」

「ちーがーうー!」


 予想通りの反応に、私は心の中で笑う。


「え? リバ希望? ……いや、ちょっと私の好みじゃないなぁ、ごめんね?」

「ごめんねじゃねーし! リバってなんだよ! いや、説明すんな! お前の腐女子ネタ聞いてるだけで、頭おかしくなる!」

「そう? じゃあ、美形×子犬でいいってことね?」


 当然、私は真面目な顔で言った。


「よくねーよ!」

  

 ゼーゼー、ハーハーと、木下の息が切れる。

 

「大丈夫、変なことにはしないから!」


 私がにっこり笑ってみせると、木下が机に突っ伏した。


「葉山ともう話さない」


 こう言いながらも、この2年私の相手をしてくれてる木下は、良い奴だと思う。


 *


 4月1日、放射線科のスタッフルームはざわめいていた。

 理由はある。

 私は隣の席の木下が機嫌が良さそうなのを見て、頷いた。


「何、木下も新しいドクター来るの楽しみなの?」

「イケメンが来るのに、何で俺が楽しみにしなきゃいけないんだよ!」


 途端に、木下の表情がゆがむ。


「えー。ほら、“受け”としてはさ」


 今日の出会いは一大イベントだと思うわけで!


「……あのな、何度も言うけど、俺をそう言う対象に仕立て上げるな」

「えー。だって、今度来るドクターイケメンなんでしょ。イケメンと子犬のカップルとか、めっちゃおいしいじゃん!」

「おいしくない」

「謙遜しなくてもいいんだよ?」

「謙遜なんてしてねーよ! 生暖かい目で見るなよ! 最近本気でその気があるのかって、マジな顔して先輩に質問されただろ! 本気でやめろよ」

「ね、イケメンでも色んな種類があるでしょ? どんなタイプのイケメンがいいの?」

 

 途端に、木下ががっくりと肩を落とした。


「イケメンにタイプなんてねーよ」 

 

 だけど、木下の目は、確実に泳いだ!


「おお。イケメンなら何でもアリか」

「……そう言う意味じゃねーし! ……いや俺、葉山とは業務の話以外しないから!」


 ムー、と木下が押し黙る。私は肩をすくめた。

 

 ガチャリ、とスタッフルームのドアが開いた。


「先生、どうぞ」


 放射線科の科長の後ろについてスタッフルームに入ってきたのは、いつぞや見た長身美形スパダリだった。次に来る放射線科の医師が美形らしいって噂はもう流れて来てたけど、やっぱり、あの人だったんだなぁ。

 女性陣からざわめきが起きる。私は見たことあったけど、やっぱり初めて見ると、美形だ! って女性陣は思うよね。

 でも、私は別のことに興奮が隠し切れなくなる。

 だって!


 美形×子犬がリアルタイムで目の前で見れるかもしれないんだから!


 スタッフルームに目を走らせていた長身美形スパダリが、こっちのほうに視線を向けて目を見開いた。

 ん? 私? 

 えー、確かに不審者をした記憶はあるけど……。

 でも、私を見てる感じでもないんだよね。何だろう?

 私の疑問をよそに、長身美形スパダリが姿勢を正して口を開いた。


「今日からお世話になります。蓼原たではらです。よろしくお願いします」


 その挨拶に、私も頭を下げた。顔を上げた瞬間、蓼原先生と目があった気がした。一瞬だけで逸らされたのは、気のせいじゃないと思う。

 ……そんなに、私のこと警戒してるのかな?

 ま、いっか。

 思う存分、私の脳内で活躍してもらいます!

 私はほくそ笑むと、自分の机に向かう。

 

「えーっと、何ですか?」


 戸惑う木下の声に顔を上げると、木下の腕を蓼原先生がつかんでいた。

 え?! あ、さっき私の隣にいたの、木下だった! もしかして、もしかすると!? 蓼原先生が見て驚いていたのって、木下だったんじゃない?!


「美形子犬カプ成立?!」


 私の声に、うそ!、と後輩の多田の喜ぶ声が続く。

 多田は、隠れ腐女子だ。だから私の言葉に反応したんだと思う。多田がつけてるキーホルダーは、ずいぶんマニアックなキャラだから、私しか気づいてないと思うけど。


「お前のせいで、俺の婚期逃しまくってるんだけど」


 しかも、蓼原先生の口から出てきたのは、私の気持ちを盛り上がらせるには十分な言葉だった。

 私の口から、歓喜の声が漏れる。

 当然、多田も喜んでいる。


 木下が驚愕の表情を浮かべている。


「な、責任とってくれるんだろ?」

「責任って?!」


 木下が固まると、蓼原先生がニヤリと笑う。

 え? 責任って何!? ……で、どうして蓼原先生、あくどい笑み何だろう?


「おまえを後ろに乗せるのが楽しすぎて、誰も乗せられなくなったんだよ」 


 嘘! まさかの!?


「もう後ろには乗りませんよ! ツーリングになら一緒に行きますから!」


 二人はバイク繋がり?!

 でも、とにもかくにも、真実は一つ!


「子犬攻め美味しい!」


 子犬×美形でも、私的にはアリ! 


「で、責任とってもらえるんだよな?」


 木下が責任を取る!

 これは、確定だよね!

 あー。想像膨らむわー。

 どう料理してやろうかな?


「やっぱり、あの駐車場のER6f、おまえのか?」


 うーん。蓼原先生が呪文を唱えてる。

 そう言えば、木下からも同じ呪文を聞いた記憶があるなぁ。

 いつだっけ? 今朝?


「そうです! 丁度昨日納車だったんです!」


 木下の声が跳ねる。あ、バイクの話ね。

 今、どうでもいいけど。


「タイミングいいな。運命かもな、俺たち」


 え? 今、蓼原先生、運命って言葉使わなかった?


「子犬攻め、運命……素敵」

 

 もう、妄想が爆発しそう!

 ああ、これが仕事始めの時間なのが惜しい!

 ええっと、子犬×美形でしょ。

 あ、そうだ。木下にどこで知り合いになったのか聞かなきゃ!

 作品の参考になるもんね!


「葉山、お前……」


 やだ、木下。何の用か知らないけど、このシチュエーションの中で、私の名前を呼んだりしないで!


「まだ俺と話してる最中だろ」


 ほら! 蓼原先生が嫉妬するじゃない!


 次の瞬間、私の口から悲鳴が出る。

 歓喜の、悲鳴。


 蓼原先生に木下が顎クイをされている。

 うそうそうそうそ! こんなこと、リアルで見れるとか思わなかった!


「アリよ!」


 私は拳を握り締めた。

 蓼原先生の登場で、物語は面白くなりそう!

以前カク〇ムを中心に展開していた『ライムグリーン』シリーズ。

本当は、最初は主人公は女性で書き始めるつもりでした。

なので、書き直すに当たり、木下ポジションに葉山を当てはめるつもりでしたが、いくつも書いてきたせいで、そのポジションに葉山が当てはまらない……。

と思っていたら、冒頭の場面が落ちてきました。

完全なる作者の気晴らし作品ですので、お気軽にお付き合いください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 葉山は木下にはならないので、この葉山目線は無茶苦茶楽しみです。 どこにおちつくんだろう?
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