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護国軍鬼・零号鬼:戦後混乱期

 ここまで笑えない冗談も、そうそう無い。

 何故、日本を憎んでいる俺が、日本人に間違われたのだ?

 俺は、満洲に進撃してきたソ連兵に追われていた。

 正面から立ち向かえば、何十人・何百人だろうと敵では無い。

 これだけは、高木美憲(よりのり)に感謝すべきかも知れない。

 だが、いくら異能の力の中でも更に桁外れの力を使えるようになってはいても、肉体は普通の人間である事に変わりは無い。

 遠方から狙撃されれば死ぬ。

 毒ガスでも死ぬ。

 地雷でも死ぬ。

 俺が得た普通でない力は、その力を知られていない場合こそ有効に使える。

 逆に、俺が普通でない力を持っていると知った相手は……その「力」の正体までは推測出来なくとも、遠くから俺を殺す手を考えるか……さもなくば、俺が居る町や村ごと滅ぼす方法を考えればいい。

 それが、この数年で学んだ事だった。

 とは言え、高木美憲(よりのり)に与えられた力など無くとも、ソ連兵だろうが日本兵だろうが、俺から見れば、とんだノロマ揃いだと云う事に違いは無かった。


 ある者は狙撃で。ある者は暗闇から近付いて喉笛をかっ切り、ある者は高木美憲(よりのり)から与えられた異能の力で。

 ソ連兵は次々と俺に殺される仲間を見捨て、撤退した。

 幸か不幸か、自分の仲間がたった1人に殺された気付かれてはいないようだ。

 異能の力を得たとは言え、腹は減るし、喉は乾く。たまには酒も飲みたくなる。

 俺は、ソ連軍の部隊が徴用し、本部代りに使っていたこの町の役所に入った。

 もし、食料を残していれば、頂戴しようと思ったのだ……。

 そして、そこで日本人の母娘に出会った。


 役所の建物の一室に、その母娘は監禁されていた。

 母は三十半ば。娘は……十五より下だろう。

 マトモに話しが出来るまで、数日かかった。

 どうやら、この2人は、満洲に入植した農民で、母親の亭主、娘の父親は、敗戦時の混乱で命を落し……そして、一緒に逃げていた他の日本人達は、自分達が助かる為に、この母娘をソ連兵に差し出したらしい……。

 日本人は好きになれんが……もっと好きになれん日本人が更に増えた。


 成行きで、俺は、この母娘を護って、日本に行く事にした。

 そう言えば……俺は日本を憎み続けながら、一度も、日本がどんな所か見た事も無かった。

 一度ぐらい見ておくのも悪くない。

 旅を始めた時は、呑気にもそう思っていた。

 あんな最悪な結末が待っているなどと夢にも思わず。


 大連の港に到着する頃には……この母娘の顔に時折、笑顔が浮かぶようになっていた。

 ようやく、この母娘を日本に届けて間も無く……娘の方がソ連兵の子供を孕んでいる事が判った。

 そして、月足らずで、娘と、その腹の中の子供の両方が死んでしまった。

 母親と共に俺も泣いた。成行きで共に旅をする事になっただけの娘の死に、何故、俺が泣くのか、俺自身も判らぬままに。

 故郷でのあの戦いの時の、数多の同胞達の死にも涙を流さなかった俺が……。

 虹の彼方に住まう我が祖先の霊達よ……この娘は我が同胞ではありませんが……どうか、この娘の魂を受け入れ……安らぎを与えて下さい。

 この娘は……生きている間は苦しみと哀しみの中に有りました。せめて、死後だけは……。

 そう祈り続けた。


 たった一人の肉親を失なった母親を放っておく訳にも行かず……俺と娘を失なった母親は日本各地を彷徨い……。

 母親は、東京に近い成田とか言う場所で、新しい生活を始めた。

 満洲に入植した者達に、国が、その辺りを農地として与える事になったらしい。

 母親の新しい生活が軌道に乗った頃、俺は再び日本を気儘に彷徨う事にした。

 いつしか、この女を大事には思うようになっていたが……その気持ちは、おそらく色恋ではない。

 そんな気がしていたのだ。

 この女とは、成行きではあるが戦友となったのだ……そうだ、この女に対して感じていたのは、故郷で共に戦った同胞や、身を寄せていた朝鮮人のゲリラに対して感じていたのと同じ想いだ。娘の死から立ち直るまで、この女は、俺が経験したどんな戦いよりも厳しい戦いを続けねばならなかった。そして、俺は、戦いを強いられる事になる女に……偶然では有るが寄り添う事になった……。

 役目を終えた俺は戦友の元を離れた。俺は、平和な世界に戻った者の側に居るべき人間では無い。その自覚だけは有った。

 ただ、日本で生きていく為の名前だけは……亡くなった娘の名を使わせてもらった。

 (わたり)(みのる)。それが、俺が日本で生きていく為に使う偽名だった。

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