秋光清二&久米銀河
「てめぇ、何で、ここに居る?」
博多から「贋物の東京」の内の1つに向うフェリーの中で、俺は、そいつと出会した。
「『大オジキ』こそ、何で、ここに居るんですか?」
白い高価そうなスーツに、ポニーテール風に束ねたオールバックのロン毛。一八〇㎝台後半の身長に格闘家と見紛う筋肉量。
久米銀河……それが、俺と大して変らない齢だが、俺よりも女にモてそうな外見の大男の名前だ。
「ヤー公が刑事を『大オジキ』なんて呼ぶんじゃねぇ。人聞きが悪い」
「ウチの社長の叔父貴でしょ。俺にとっちゃ『大オジキ』も同然ですよ。あと、俺達はヤクザなんかじゃないですよ。人聞きが悪いのは、どっちですか?」
ふざけんな。俺の「親父」と呼ぶもおぞましい「生物学上の片親」を、こっちから勘当して何年経ってると思ってんだ?
そう……俺の「生物学上の片親」は……一代で自分の「組」を福岡有数の暴力団に育て上げたヤクザの親分だった。
だが、ヤクザなだけでも問題なのに、更なる問題が2つ。
1つは今で言う「異能力者」の家系の出身だった事。
もう1つは……ある妄執を持っていた事。
奴は俺のお袋の家系を、同じ祖先から数百年前に分かれた別の家系だと思い込み……その「妄執」を叶える為の「実験」の一貫として、俺のお袋を誘拐し……そして、俺をこさえた。
だが、どうも、その「実験」は失敗したらしく、残されたのは、跡目争いの種に成りそうな……何人ものそれぞれに母親が違う奴の子供達と……そして、もっとおぞましく哀れなモノ達。
やがて、大人と呼べる齢になった頃、俺は、ヤツの一族と縁を切り……ヤツとは逆の仕事を選んだ。
「異能力」さえ有れば、親類にヤクザが居ようと刑事としての資格を与えられる……「異能力者を狩る異能力者」……汚れ仕事要員に……。
それから二十年以上経った今年の4月、よりにもよって俺は、「故郷」とさえ呼びたくない場所に「転勤」させられ……そして、今日、転勤先の近く……と言っても片道2時間ほどかかる「贋物の東京」の1つにある勤め先の支局の応援に向う事になった。
「あるモノ」が、この近海をどこかに向かっているが……その「どこか」は不明。
俺達「レコンキスタ」は、レンジャー隊・ゾンダーコマンド・一般隊員まとめて、九州北部日本海側の港と言う港の警備に駆り出される事になった。
その途中で、こいつに、ばったり会う羽目になった。
幸先が悪いったら、ありゃしねぇ。
「てめぇ、何で、ここに居る?」
博多から「『東京』を名乗る田舎者どもの収容所」の内の1つに向うフェリーの中で、俺と出会した途端、そいつは、そう言った。
「『大オジキ』こそ、何で、ここに居るんですか?」
安物の背広。履き古されているが、走り易そうな靴。顔を良く見ると、薄くなりつつ有る髪には寝癖が付き、顎や口元には無精髭。しかも、その無精髭は場所によって微妙に長さが違う。何日前に髭を剃ったか不明だが、その時にも、それほど丁寧に剃った訳ではなさそうだ。
秋光清二……それが、この風采の上がらぬ、俺と同じ位の齢の中年男の名前だ。
「ヤー公が刑事を『大オジキ』なんて呼ぶんじゃねぇ。人聞きが悪い」
「ウチの社長の叔父貴でしょ。俺にとっちゃ『大オジキ』も同然ですよ。あと、俺達はヤクザなんかじゃないですよ。人聞きが悪いのは、どっちですか?」
そうだ……こいつは、異能力犯罪を専門に扱う広域警察「レコンキスタ」の中でも、更にエリート部隊「ゾンダーコマンド」の一員だ。
ちなみに、ゾンダーコマンドってのは、ドイツ語で「特殊部隊員」の意味だが、実は悪趣味な別の意味も有る。
ナチの時代の強制収容所で「他の囚人の死体の始末」などの汚れ仕事を押し付けられていた囚人も、そう呼ばれていたらしい。
そう、こいつは「レコンキスタ」の中でも「異能力者を狩る異能力者」だ。
ヤクザにして異能力持ちの俺にとっては、ブッ殺したくなる相手だ。
だが、同時に、ウチの親会社の先代会長の息子にして、ウチの会社の社長の実の叔父でもある。
縦社会・体育会系の典型である俺達の稼業では、内心でどう思っていようと「このボケ、ブッ殺すぞ‼」なんて怒鳴りつけるなど、もっての他だ。
そして……俺は、ある連中に「御礼参り」をやる為に……ついでに奴らの縄張りをいただく為に、名前だけは「東京」だが住んでるのは田舎者ばかりの「島」に行く途中で、こいつに、ばったり会う羽目になった。
幸先が悪いったら、ありゃしねぇ。
『銀座港で暴力事件が発生しました。念の為、銀座港に入港後、お客様には手荷物検査を受けていただく事になりました。御了承下さい』
船内放送が、そう告げていた。
「はぁっ? 事件起こしたヤツは島ん中に居るんだろ? 何で、これから島に入る俺達が手荷物検査を受けなきゃいけねぇんだよっ⁉」
大男が、そう言いながらブチ切れていた。
まぁ、どう見ても観光旅行じゃなさそうだから、拳銃の3つや4つ持ってるに違いあるまい。
ざまぁ見ろ。面白くなるのは、これからだ。
……だが、ヤツが、あそこまで、無茶苦茶な真似をするとは思いもしなかった……。
そうだ……俺は、この時、肝心な事を忘れていた……。ヤツは、1人で「レンジャー隊」1チームを全滅させる事が出来る化物だと言う事を……。
『銀座港で暴力事件が発生しました。念の為、銀座港に入港後、お客様には手荷物検査を受けていただく事になりました。御了承下さい』
船内放送が、そう告げていた。
「はぁっ? 事件起こしたヤツは島ん中に居るんだろ? 何で、これから島に入る俺達が手荷物検査を受けなきゃいけねぇんだよっ⁉」
俺は、そう言いながらブチ切れた。
もちろん、一緒に来た部下達が乗ってる車には、拳銃どころか自動小銃に散弾銃……念の為、グレネードランチャーとロケットランチャーと重機関銃に迫撃砲まで積んでいる。
横では、クソ刑事が、笑いを噛み殺している。
今に見てろよ。面白くなるのは、これからだ。
どうやら、この馬鹿は、肝心の事を忘れているらしい。俺1人でも、向こうの広域警察の支隊と地元警察を壊滅させるのも不可能じゃないと云う事を……。




