恋文
「わたしが あなたを すき」
それはたどたどしい文字で書かれた恋文だった。子どもが書いたのだろうか、ぐにゃりと曲がりくねった少し読みにくい文字で書かれていて。言葉も少し不自然で。けれど想いの込められた恋文だった。
「わらつている すき」
二度目の恋文は一枚目の三日後にやってきた。宛名も差出人も書いていない恋文。この場所に居るのは私だけだから宛先はきっと私。けれど差出人は誰なのか全くわからなかった。私には知り合いも友達も居ない。それにこんな森の奥に来る酔狂な人が居るとは思えなかった。
「やさしきこえ すき」
「ひの ながいかみ すき」
「もりの きらきらなめ すき」
「えだの ふくふくなて すき」
その恋文は三日か四日程度の期間をあけて一枚ずつ届けられた。まっ白なふうとうにまっ白な便せん。夜のようなインクで書かれた一行だけの文章。私の好きな部分を一つ書いただけの短い恋文。
「わたしが あなたを とても すごく いっぱい たくさん だいすき」
初めての恋文から月が一度廻るくらいの時間が過ぎた。次第にこの恋文が楽しみになっていた。いつの間にか置かれている小さなふうとう。こんなに心が浮かれたのはいつ以来だろうか。
「あまいみの ぽよぽよなほっぺ すき」
「からいみの つやつやなつめ すき」
「いずみの さらさらのけがわ すき」
「くるくるの かわりなかお すき」
甘い実に辛い実。毛皮は服の事だろうか。ずいぶんとまあものを知らない子のようだ。この未だに正体がつかめない恋文の主は。字が書けているのだからきっと教育は受けているだろうに。ふしぎな子だなと少しほほえましくなって笑みがこぼれる。また次の手紙が待ち遠しくなった。
「あなたに とても おいしい あげる」
初めての恋文から月が二度巡ったころだった。その時のふうとうには初めて手紙以外のものが入っていた。小さくころんと丸い実が一つ。おいしいと書いてあるのはこれのことだろうか。あまり見ることのない実だけれど、たしか毒はなかったはず。軽く水でゆすいでそのまま口へと運ぶ。かり、と歯を立てると音を鳴らして実がはじけた。じわりと甘酸っぱい味が広がって、たしかにこれはおいしいなと思う。ころころと実のかけらを口の中で転がして、最後までしっかりと味わった。
食べるのが幸せだと感じたのはいつぶりだろう。もう何年も感じてなかったのにこの実一つですっかり気持ちが変わったみたいだ。この恋文の主からはずいぶんとたくさんのものをもらった気がする。会いたいなと思うけれどどうにも会う方法がわからない。そうだ、返事を同じ場所に置いてみようか。もしかしたら見てくれるかもしれない。
「あなたに あいたい」
一行だけの短い手紙。見てくれるかわからないし、返事が返ってくるかもわからない。こんなに明日が楽しみなのは初めてかもしれない。
次の日、いつもなら手紙がある場所に小さな狸が座っていた。その手にはいつもの手紙がぎゅっとかたく握られている。狸はやってきた私に気がつくと、少ししょんぼりしたように手紙を差し出してきた。
「すまない わたしは ひとでない しゃべる できない」
ああ、なんだ。そんなことか。
「別にしゃべれなくたっていいよ。私はずっと君に会ってみたかったんだ。たくさんの恋文を幸せをありがとうって、私も君が好きだって言いたかったんだ」
人じゃなくたって私を好きと言ってくれたその心は本物だと思うから。だから君が狸だってなんだってかまわないんだ。しゃべれなくたって手紙で話はできるしね。
小さな狸は体に対して大きなペンを持って手紙の続きに文字を書き加えていった。私はそれをゆっくり見ていた。
「わたしも ありがとう とても すき」
「うん、とってもよく知ってるよ」