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麻雀ラブコメの短編

麻雀ラブコメに青春を振り込みます。

作者: ナヤカ

「麻雀をしなさい。青春の全てがそこにある」


「それ、過言じゃないですか……?」


 放課後の職員室、目の前で腕組みをしながら妖艶に笑う女性教師、一ノ宮(いちのみや)先生に俺は顔をひきつらせて言った。


「過言か……。まぁ、"青春の全て"というのは言い過ぎかもしれないが、君が入部すれば後付(あとづ)けで『役』完成だ」


「意味がわかりません」


 決まった、そう言わんばかりの態度で満足そうに頷く彼女に、俺は思わず突っ込んでしまった。


 完全に麻雀脳。


 後付けというのは、役が揃ってアガる麻雀において、役を確定せずにゲームを進めておき、終盤に役を追っ付ける事を言う。

 簡単に言えば、将来成りたい職業がなく取り敢えず進学に有利な文理選択を行っておき、最後の方で職業を確定させるのと似ている。……とはいえ、そういった手法は知識と技術が必要とされるために初心者が行うと痛い目にあう。将来においてもそれは同じであり、後付けをするのなら学力を必要とする医学部を目指すのが一番かもしれない。


「分からないかね? 私の手牌(テハイ)……ん"ん"っ、うちの部には君が必要だと言うことだ」


 今この人、自分が顧問をしている部活のことを手牌って言わなかったか?


 手牌は文字通り自分が持っている牌。カードゲーム的に言うのなら手札。山と呼ばれる積まれた牌から順番にドローしていき、役を完成させて相手の得点(ヒットポイント)を奪うことが勝利条件となる闇のゲーム。マンガやアニメで見る麻雀って、よく雷が落ちたりしてるし間違ってないだろう。


 つまり、一ノ宮先生は部活に所属している生徒で役を完成させ、誰か……(ある)いは何かを殺そうとしているのだろう。


 怖すぎる。何が怖いって、生徒を牌にしか見ていない彼女の倫理観。


「先生には、俺が何に見えてるんですか……」


「ドラだ」


 最悪の答えが返ってきました。

 ドラとは、完成した役の中に入っていると得点が加算される牌のこと。


「一応確認ですけど……それって国民的アニメの青狸(あおだぬき)の方じゃないですよね?」


「当たり前だ。まぁ、うちの部を助けるという意味では、それでも間違っていないな? なにせ『勉強研究会』と銘打っているくせに、部員は頭のび太くんばかりだからね」


「この数十秒の会話で、生徒へのディスりしか聞いてないんですが聞き間違いですかね……」


「言い間違いはよくあることだ。ポン、チーを間違えてチン、ポーとかね?」


「最低ですね。あと、俺の股間を見ながら言わないでください。確信犯だと思われますよ」


 ポン、チーとは『鳴き』と呼ばれる宣言用語である。UNOの場合でいう「ウノ!」と同じ。ただ、ポンをチーと言い間違えたり、チーをポンと言い間違えたりすることはあるが、その二つを合わせて言い間違えることはない。言い間違えるとするなら、頭ピンク色の人だけだろう。


「私のような美人がそういうことを言っているんだ。君が"立直(リーチ)"してしまわないか確認するのは大事だろう?」


 尚も俺の股間を見ながら宣う彼女。


 あっ、この人頭オヤジなだけだ。マジで最低すぎる。しかも、自分で自分のこと美人て……。


「まぁ、君のような人間がリーチをしたところでアガルのはまだまだ先の話だろうがね」


「……何の事ですか?」


「察しが悪いね。童貞卒業(ドーテーソツギョウ)のことさ」


「役みたいに言わないでください……。あと、俺の事を童貞と決めつけるのは偏見ですよ」


「なに……違うのか……!?」


「……違わないですけど」


「安心したよ。私の読み違いかと思ってしまった。ただ、正直に言う君も君だがね?」


「三味線はしないって決めてるので」


「ふむ。見所ありだな。ますます欲しくなってしまった」


 三味線とは、紛らわしい態度で相手を騙すことである。ちなみに、女子が男子に優しくするのも三味線行為。なぜなら、優しくされた男子は、その女子に対して「自分に気があるのでは?」と勘違いしてしまうからだ。


 あと、滅茶苦茶勉強してるくせに「勉強してないわー」とか言っちゃうのも三味線。安心して赤点を取ったときの裏切られた感は異常。殺意まで覚えるレベル。


「というか……俺のどこにそこまでの魅力を感じてるんですか」


「君は入学初日に遅刻しただろう。しかも、他校の生徒と喧嘩までした。遅刻、喧嘩のダブルリーチだったんだが、君はそれを見事に覆してみせた」


「覆したというか、過失はなかったんですがね……」


 それは一ヶ月前の入学式当日のことだ。


 俺は電車で寝過ごして一つ隣の駅で降りてしまい、走って学校に向かっている最中に他校の不良生徒とぶつかって喧嘩。それを目撃していた人が制服からうちの学校に連絡をし、入学そうそう停学処分を喰らいそうになったのである。


 だが、駅で降りる際に杖をついた足の悪いお婆ちゃんと一緒に降りてあげたことと、喧嘩をしていた不良生徒が偶然にもうちの学校の女子生徒に絡んでいる最中だったこと、それらの事実が後々発覚し、俺は『停学処分手前の問題児』から『心優しい善人者』として不死鳥のごとく盤面を覆した。


「さすがに笑ったよ。ローカルルールだが『起死回生(キシカイセイ)』を見せて貰った気分だった」


「いや、起死回生なんてレアイベント絶対起きませんよ」


 起死回生とは、自分以外の全員がダブルリーチをしている状況で、アガリを予告してから牌を引き、本当にアガった時に起こるローカル役のことだ。

 野球でいうところの予告ホームラン。しかも、九回裏ツーアウトツーストライクの絶体絶命のピンチから逆転ホームランを放つのと同じ。


「だが、君はそれを成したんだよ。たとえそれが偶然や奇跡の産物だったとしても、私から見ればとんでもない雀士(じゃんし)に見えた。しかも、ちゃんと麻雀も知っている」


 一ノ宮先生はそう言って口元を吊り上げた。


「たしかに私は教師として失格な一面があるかもしれないが、雀士としてはそれなりに結果を出してきた元プロ(・・・)でもある。そんな私が見込んだんだ。おとなしく私のテハ……部に入りなさい」


 本当に教師としては失格だ。だが、彼女は数年前まで麻雀界隈ではその名を知らぬ者はいない女流プロ雀士だったらしい。


「嫌です。そもそも麻雀なんてイメージが悪すぎます」


「イメージが悪いから『勉強研究会』なんて名前で部活申請したんだろう」


「いや、やってること麻雀なんで名前が違っても意味ないんですが……」


「ちゃんと勉強の研究もやっているぞ。さっきは部員全員頭が悪いと言ったが、テストに出題される問題の読みだけは鋭くてね? 勉強はできないが皆、成績は上位だ」


「テストでも麻雀してるんですか……」


「当たり前だ。勉強研究会と言っているだろう」


「日本語通じてます……?」


 俺は、思わずため息を吐いた。


 この人と話していると頭がおかしくなりそうだ。


「取り敢えず考えておきなさい」

「……わかりました」


 拒絶しているといつまでも帰れそうにないため、一旦そう答えておいた。


 ようやく解放され、職員室をでたとき。


門善(もんぜん)くん、呼び出しって何だったの……」


 廊下では、天輪(てんりん)うるはが待っていた。


「もしかして……また入学式のこと?」

「いや、関係なかった」


 彼女は同じ学年の女子生徒である。ただ、クラスは違うし同じ中学だったわけでもない。


「そっか。良かった」


 ホッと安堵の息を吐く天輪。

 そんな彼女が俺を心配してくれる理由は――。


私が(・・)喧嘩したことがバレたら、充実した青春送れなくなっちゃうし!」


 グッと拳を握りしめて満面の笑みを浮かべた彼女。

 俺は、そんな彼女に苦笑い。


 彼女は……入学式当日、俺が助けたことに"なっている"女の子だった。


「別に喧嘩強くても離れていく男子はいないと思うがな……」

「ダメだよ! 女の子はか弱くなくっちゃぁ!」


 実は、他校の生徒と喧嘩をしたのは俺ではなく天輪の方。

 もちろん、全てが嘘なわけじゃない。不良生徒とぶつかったのは間違いなく俺だったし、それを理由に絡まれたのも真実。


 だが、その現場に居合わせて彼らをボコボコにしたのは天輪。


 俺は、ただそれを眺めていることしかできなかった。


 空手界では有名な天輪道場、そこの娘である天輪うるは。

 中学一年生の時に組手で全国優勝を経験しており、彼女は神童とも呼ばれていたらしい。


 だが、女の子として青春を送りたかった彼女はその実力を隠し、今は普通の女子生徒として学校生活を送っている。


 そして、そんな天輪の正体を知ってしまった俺は、彼女の代わりに喧嘩をしたことにしているのだ。

 女の子を助けたことになったのは、天輪がそういう風に教師へと告げたから。


 俺は、奇妙な偶然を経て今に至っている。


「でも、入学式の話じゃなかったらなんだったの?」


「あぁ、勉強研究会への勧誘だった」


「そーなんだ? あれって確か誰でも入れる部じゃないよね?」


「……そーなのか?」


「うん。私入ろうとしたけど、一ノ宮先生にダメだって言われた」


「マジかよ……」


 あの人、本当に生徒で麻雀やってるんだな……。要らない牌は手牌にも入れないのか。


「というか……天輪は麻雀できたのか? あそこが勉強研究会っていう看板を掲げた麻雀部ってのは知ってるんだろ?」


「うん。でも、あの部に入ってる人みんな成績良いし、入部したら好成績残せるらしいからさ。麻雀はできないんだけどね」


「どうなってるんだ……勉強研究会」


「いいなー。私バカだから入りたかったのに」


「いや、普通に勉強しろよ……」


「勉強苦手なんだよね……。やり方とかよく分からないし」


 天輪がそう答えた時だった。


「――麻雀をしなさい。やり方の全てがそこにある!」


 ガラッと開いた職員室の扉。

 どこかで聞き覚えのある文句。


 ビクリと震えた俺たちが咄嗟に顔を向けた先には……。


「天輪うるは……だったね。先日は入部を断ったが、たった今気が変わった。是非、うちの部に入ってほしい」


「え……」


 優しげに微笑む一ノ宮先生がいた……。


「ほっ、ホントですか!?」

「あぁ、ただし一つ条件がある」

「なんですか!」

「そこにいる門善(もんぜん)栄吉(えいきち)を入部させなさい」

「門善くんもですか?」

「あぁ。もしその条件を満たせないのなら、今しがたここで話していた内容を他の生徒にも話すことになる」

「……わかりました」


「脅迫じゃないですか!! というか、アンタ盗み聞きしてたんですか!?」


 流れるように同意した天輪に俺は慌てた。


「まさか、こんなところで鳴けるとはね……。やはり(ホー)はよく見ておくものだ」


「いや、天輪を一度捨てたの一ノ宮先生でしょ! それ拾ったらただのイカサマですよ!?」


 (ホー)とは、自分が捨てた牌を置く場所のことだ。彼女の言う『鳴く』というのは、他人が河に捨てた牌を拾って役をつくることだが、自分が捨てた牌で役をつくることはできない。無論、自分が捨てた牌でアガルこともできない。


 自分が捨てたくせに、都合が変わったら掌を返すようなことはしてはならないから。もし、それをするのは『拾い』というイカサマ行為である。


「バレなければ不正はない」

「アンタ本当に教師か!?」

「それともバラされたいのかね? ……天輪うるは?」

「私は心から麻雀がしたいです」

「純粋な気持ちに浄化されてしまいそうだ」


「俺にはどちらも濁って見えますよ……」


 笑顔で立っている教師失格の麻雀脳。

 

「門善くん、一緒に入ろう?」


 ボキボキと、女子高生とは思えぬ音で拳を鳴らす空手少女。


「観念しなさい門善……振聴(フリテン)だ」


 振聴とは、誰の助けも借りられず、誰かを利用することさえできない状態……いわば、もはや自力でアガルことしかできない状態のことをいう。


 つまり、孤独の戦い。


 それでも……勝利がないわけじゃない。



――だが。



「……降参です」


 俺は白旗をあげた。どうしたってこの場を切り抜ける方法はないし、断れば……天輪のことが他の生徒にバレてしまうからだ。


「さすがだ。さては君……他の人がリーチをしたら、振り込まないよう立ち回るタイプだね?」


「そこまで分析されると笑っちゃいますね」


「決して面白くない麻雀だ。しかし、勝率は悪くないだろう」


「それが……勝率も良くないんですよ」


 振り込むとは、自分が捨てた牌によって他人がアガルことを言う。文字通り、自分の得点はその人が完成させた役によっては、全て奪われることもある。


「何故だね?」


 だから、『振り込まない』というのは『負けない』と同義であり、勝率があがる要素でもある。


 のだが。


「俺、嫌いなんですよ。……鳴くのが」


「嫌い?」


「はい。他人の捨て牌で自分の役をつくるのが嫌いなんです。だから、俺はアガリ以外では、絶対に他人の牌を取りません。常に自力で勝利を目指します」


「それは……よほどの運がなければ間に合わんだろ」


「はい。だから、勝率が低いんですよ」


「それに何の意味がある?」


 問われた言葉に、俺は笑った。


「面白くないじゃないですか。俺は、試したいだけなんですよ。自分の力ってやつを」


 答えると……一ノ宮先生はポカンとしていたが、やがて廊下に響き渡る声で笑いだした。


「アッハハハ! なるほど! いや、面白いじゃないか!」


「笑いすぎじゃないですか……」


「いやぁ、すまないすまない。ただ……私の勘は間違っていなかったようだ。君も相応しく、どうしようもない雀士だよ」


「先生に言われると落ち込みます」


「自信がつく、の間違いじゃないかね」


 こうして俺こと門善栄吉は、勉強研究会とは名ばかりの麻雀部に入ることになった。


「頑張ろうね! 門善くん!」


 よく見れば可愛い天輪うるはという少女と一緒に。


 だが、やはり麻雀部なんかには入るべきではなかったと……俺は後々後悔することになる。


「よろしくな……」


 この時の俺は、青春の全てを麻雀ラブコメなんぞに振り込むことになろうとは少しも思ってもみなかったのだ。

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