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5 先生と猫の告白

 研究機関に問い合わせるべきだと思った。

 より生々しく言えば、シュウを連れて都に戻り、学会で発表すべきだった。


(人間になる猫だ。誰だって食いつく。研究チームを立ち上げることもできるかもしれない。そうすれば何かしらの方法が見つかるんじゃないだろうか)


 確かにシュウはどんどん成長している。

 もう少年ではないし、いずれ自分を追い越していくというのもはっきりしている。

 行きつく先は早過ぎる死だ。


 早いといっても、猫の寿命は長ければ二十年前後という。

 拾ったときは子猫だったのだから、まだ焦る必要はないかもしれない。意外と長くいられるかもしれない。

 それでも、自分が人生まだまだこれからという頃に、シュウは老いて死んでしまう。

 避けられない。


 シュウはいわゆる家猫であり、寒い外には頑として出たがらなかった。

 人目に付きたくないようであったし、それは自分にも都合が良かった。

 閉じた家の中で、二人で過ごす時間はあまりにも心地よかったのだ。

 どうせ自分はいつ都に戻れるとも知れぬ身の上なのだし、これはこれで構わないのではないか。はじめのうちはそう思っていた。だが、もう無理だ。

(本腰をいれて研究しよう。うまく展開すれば不老長寿だ。意義のある研究だ)


 シュウにはどこまで打ち明けるべきであろうか。

 悩んだが、正直に協力を仰ぐことにした。


「死なない方法を一緒に見つけたい。大それたことを言っているのはわかっているが、死んでほしくない。というか、長生きしてほしい。出来れば、俺よりも」

 いつの間にか必死の懇願になっていた。

 とろけるような笑みを浮かべて聞いていたシュウは、くすっと声を漏らしてから言った。

「簡単じゃない? 先にあなたが死ねばいいだけなんじゃないかな、それ」

「シュウ……」

 そうじゃない、と言いたい。

 だが、よくよく考えれば究極的にはそういう話だった。

 看取りたくないし、置いていかれたくない。


「自分が何を言っているかわかっている?」

 厳然とした調子でシュウに確認される。

「わかっている。できるだけ長く一緒にいたいんだ」

 すうっとシュウは息を吸い込んだ。


「それはつまり。僕が『発情期がきたから子どもがほしいな』って言ってもいいってこと?」


 意味を。

 よくよく考えてみて、考えた結果として、額を掌でおさえて頷いた。


「それがシュウの望みなら。だけど本当は嫌だ。避妊したい。たくさん子どもが生まれても、子どもたちまで猫の寿命だったら、どんどん先立たれてしまう。耐えられる気がしない」

 想像するだけで恐ろしい。

 毎晩寝る時にそっと触れ合うシュウの匂い立つような柔らかさには悩まされ続けてきたが、自分を抑制できている最大の理由はそこであった。


「悲観的……」

 責めるような咎めるような調子で言われたが、なんとでも言ってほしい。


「ここに来るまで一人だったんだよね? 一人になるのが怖い?」

「怖い。猫なんて拾ってはいけなかった。もう魚なしでは生きていけない身体になってしまった」

「発端と結論がねじれているけど、だいたいわかった。つまり先生は僕と添い遂げたいし、子どもをたくさん産ませる妄想までしている。でも勇気がない。で、結局貴重な時間を浪費している」

 涼やかな声はもう少年と聞き間違えようもない甘さを帯びていて、聞いているだけで胸が切なく痛んだ。


「そう言われるとかなりおかしい人間のようだがその通りだ。添い遂げたいし子どもも欲しいし末永く幸せに暮らしたい」

「都には帰らなくていいの? ……人間に化ける猫を連れて帰れば、返り咲けるでしょう」

 それは考えた。何度も考えた。


「君の寿命を延ばす研究ができるなら。返り咲くためではなく、君のための研究をしたいと思って、今だって協力をお願いしようと思っていた。だけどだめだ。失うものが大き過ぎるし、そもそもそれは君の為じゃなく俺の為の研究でしかない。廃案だ」

 答えなんか、とっくに出ていた気がする。

 どうにもできないんだ。


「それが結論ですか?」

「結論だ。今は一日でも長くここで君と生きたい。できれば何か裏技を見つけて寿命を延ばしたい。子どもも欲しいが寿命問題に片が付いてからだ。それまではできれば夜寝る時も別で……」

 ものすごく。

 苦しいので。


 その思いから切々と訴えれば、シュウのほっそりとした指で手を掴まれて、間近で微笑まれた。


「いいことを教えてあげますね。実は僕、先生がこの家にいない時間、いつも猫の姿に戻っていました。猫でいると成長が早いんです。だけど、人間の姿をとっているときは、人間と同じです。そろそろ人間でいうところの成人ですし、先生とは若干まだ年齢差はありますけど、これで良ければこのまま人間でいて、と一言お願いしてくれればそうしますよ。どうです?」


「そんなの選択肢じゃないけど、シュウはそれで良いのか。今のところ俺がシュウにしてあげられるようなことは特にないぞ」

 自信満々に言うことではないが、現実である。

 しかしシュウはにこにこと笑いながら明るく言った。

「一番寒い冬の日に僕を拾ってくれたことと、料理を美味しいって食べてくれたこと、どれだけ誘惑しても手を出さなかったこと。いいところといえば、そのへんですかね。あとは追々。長いこと一緒にいられそうですから、僕に借りがあるような気がするなら返したいだけ返していいですよ」

 

 一も二もなくお願いする勢いで了承し、話はそこで終わりとなった。


 ――――人間に姿を変えられるような化け猫が、猫基準の寿命だと本気で考えていたなんて、先生ちょっと面白いですね。


 いつまでも若々しいシュウに笑ってからかわれたのは、それから少し後のことである。 



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