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4 猫の成長

 寒い冬の間、プライベートではシュウの作る料理だけが楽しみのような生活が続いた。


 日中は港のそばの掘立小屋のような学校へと通う。生徒数は一桁。学年がばらついているのに教室はひとつで、人数の割に仕事は忙しく工夫のしがいがあった。船の離発着が見えるほどの近さで、漁師たちとは顔見知りになり、自分は逃げ出すほどこの暮らしは嫌ではないかもしれないと思い始めた。


 その大きな理由は、仕事だけではない。

 家で待つ存在のおかげであるのは疑いようもなかった。


 シュウと顔を合わせるのは朝と夜。互いにさほど干渉しあうでもなく、暖炉のそばで過ごす時間が長かったが、不思議とその気配は邪魔にならなかった。

 シュウはロッキングチェアを揺らしながら、ひざ掛けで全身をくるみこんでうたた寝をするのが好きなようだった。だいたいいつも寝ていた。

 ただ、外に出て適当に魚を手に入れて帰って来て見せると、目の色を変えて喜び、今まで食わず嫌いで手を付けたこともないような料理を次々に作ってくれた。



「鯖はしめ鯖ですかねー。頭を落として内臓を抜いて、三昧におろします。たっぷり塩を敷き詰めた器に並べて身が隠れるくらいに塩を振って、馴染ませてから一晩置きます。キッチンに置いておけば夜間に凍りそうですけど、それで大丈夫。あとは塩を洗い流して酢に浸して……食べる前に骨を抜いたり薄皮を剥いだり」

「よくわからないけど、それで」

 シュウの作るものはいつでも美味しい。


「秋刀魚は塩焼きがいいですねー。さっぱりと食べましょう!」

 たまには魚の姿を残したままの料理を出されることもあったが、うまく食べることができず、轢殺されたモンスターか墜落した飛行機のような無残な姿となり、気の毒そうに眉をひそめられることもあった。 


「鮭は切り身にして、細く切った根菜類と香草と白ワインで蒸しましょう。この間、一人で飲んでいたワインまだ残ってますよね?」

 シュウが寝てから飲んでいたのに、気付かれてしまっていた。

「猫にワインは良くなさそうだし、料理にしても子どもなのに大丈夫か」

「加熱すればアルコールは飛びますし、言うほど子どもでもないですよ」

 そう言うシュウは、確かに冬の間の数か月でずいぶん雰囲気が変わっていた。



 夜になると、いつも当たり前のように同じベッドに身を滑らせてくる。

 初日からだった。

 猫は暖かいところで寝るものだし、暖炉の火が消えている夜間一番暖かいのはひとが寝ているベッドなのだと力説されて、折れた。

 その頃のシュウは話しぶりや体つきから少年のように見えていたし、凍死されてもとの思いから了承したのだった。実際に、二人で身を寄せ合って寝るのはとても暖かく効率的であった。


 しかし、春が近づくにつれシュウには変化が訪れていた。

 ほっそりとした見た目はそのままだが、背が伸びた。そして、適当に取り寄せた男物の服を着ていたので気付くのが遅れたが、その体つきは徐々に少年ではなくなりつつあった。


 真夜中から明け方にかけてはひどく冷え込むものの、真冬ほどではなくなった頃、一度眠りに落ちたシュウを置いてリビングでぼんやりすることが増えた。

 ワインはそんなときに一人で飲んでいた。



「今度から僕も一緒に飲んでみようかな」

 大きな目を愉快そうにまたたかせて言ってくるシュウに、そろそろ限界だと、思っていたことを告げる。

「もう少ししたら、今よりもずっとあたたかくなるだろう。シュウにもベッドを用意しよう。いずれ一緒に寝たら狭くなるし、暑苦しくもなる」

「僕の身体が以前より大きくなって、大人に近づいているからですか」

「そうだな……」

 濁しながら頷くと、シュウはさらに踏み込むように言って来た。


「猫ですからね。人より成長が早いんです。いずれあなたの年齢を追い越すでしょう。そしたら、また猫に戻りますよ。そうすればまた一緒に寝られるでしょう」

「……猫なら」

 迷いながら、受け入れる。

「ただし」

 シュウはふわりと笑ってすかさず付け加えた。


「寝返りをうつときは気を付けてくださいよ。おばあちゃん猫になったら、骨だって脆いだろうし、きっと簡単に潰されちゃう」


 

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