3 魚嫌いと魚
「先生、無事に着いたみたいで良かったよぉ。都から遠かっただろうけど、バス停からも結構歩いたでしょう、この寒い中。風邪や病気には気を付けてなぁ。医者は山二つ越えた町まで行かないといないから。何か不便なことがあったら遠慮なく言ってくれていいよ。あ、これは今晩の夕食にでも。寒いからねぇ、たくさん食べて寝ないと凍えちまうよ」
ほどなくして、近所に住む管理人が顔見せに家を訪れた。
近所と言っても、軽く十分は歩くらしい。ただでさえ薄暗く雪も降っている夕方、暗くなる前に帰りたいだろうと必要最小限の会話を持って挨拶とした。
その間、シュウは暖炉そばのロッキングチェアの影に身を潜めていた。
猫人間だし、他の人間には見られたくない等の訳ありだろうと、そっとしておいた。
玄関先まで見送ってから部屋に戻ると、シュウはすでにロッキングチェアに乗り上げて、ゆらゆらと揺らしていた。
「お土産何だったの? みていい? 何か持って来ていたよね? 食べ物でしょ?」
白い頬にはわずかに朱がさしており、目がキラキラと輝いている。
「それが……魚だ。まるのままの魚だ。どうしろというんだ、こんなもの」
俺には絶対無理だ、との思いを込めて受け取った魚を掲げてみせる。
寒い中持って来たらしく、凍り付いて冷たく固い。
そして見事なまでに魚だった。
軽い調理は出来るが、それも白米を炊く程度だ。魚などどう扱っていいかなどわからない。
「暖炉にくべておけばそのうち焼けて食べられるのかな」
投げやりに呟いているうちに、シュウが鼻を魚に擦り付けんばかりに近づいてきていた。
「すごい!! 今の時期はあんまり見ないんですけど、あいなめだ。このくらい新鮮なら生でも食べられますよ。皮目が綺麗なので皮つきでも食べられます。少しだけ表面に火を通すと食べやすいですね。ただ、油との相性もいいので三枚におろして骨を抜いて塩を振って粉をまぶして軽く揚げてから煮汁でさっと煮てもいいかな。う~~~ん。想像しただけで美味しそう」
両手を揉み絞り、夢見るような瞳で嬉々として語り出した。
「……何を言っているのかわからない。生で食う? 魚を? 三枚におろす? つまり?」
「つまりあなたは料理ができない!!」
愕然とした顔で、目を見開いて言われて、変な笑いがもれた。
「魚嫌いなんだ」
「この村でそんなこと言っていたら生きていけませんよ?」
「こんなものもらっても、何もできない」
「どうするんですか? 飢え死にするんですか?」
「早晩……」
「目の前に!! こんな美味しそうな魚があるのに!?」
猫だったら毛を逆立てていたんじゃないかという非難がましくも激しい勢いで言われて、「お前にやる」と思わず魚を手渡した。
シュウはとっさに両腕の袖を素早くまくり上げて、両手を差し出して魚を受け止める。
「よければ、僕が料理作りましょうか?」
「魚嫌いなんだ。作ってもらっても食べられないかもしれない」
「都から来たんでしょう? 美味しい魚料理に出会ったことがないだけかも。ここで新鮮な魚を食べていれば価値観変わりますよ……!」
生憎と。
それほどの希望は持っていなかったが、ただ単純にシュウがものすごく目を輝かせていたので。
「わかった。好きに調理してくれ。食器を洗ったり竈に火を点けたり、必要なことはする」
キッチンを軽く洗ったり、調理器具の確認はしなければならない。魚を食べる気になるかどうかはわからないが、実際お腹は減っていた。
「美味しく作りますからね! 期待してください!!」
息を弾ませてキッチンに駆けこんでいくシュウを見て、どんな料理が出てきてもせめて一口は食べよう、と心に決めた。
たくさん食べられればそれに越したことはないのだけれど、残してもシュウが食べるのなら問題はないだろう。
それはさほど意味のない決意だったと、気付くのに時間はかからなかった。