第99話「紡いできた教え③」
老師は自分を責めた。
どうやら老師が自分の時を止めてまで生き続けてきたのは、この危機を救うためだったようだ。
だが、それも老いには勝てず……時期を逃してしまった。
ナヴィは自分を責める老師を気遣うも、あるひとつの不安が頭をよぎる。
「老師様が生き続けて来たのは、そのためだったのですね……もしかして、この事件が終われば、老師様──死を選ぶつもりではないですよね……?
ラビ様も命を落とし、老師様までいなくなってしまったら……僕はこの先一体どうしたらいいか……」
うろたえるナヴィの肩を、老師はポンと叩く。
「大丈夫。おまえはもう立派な時の支配者じゃ! これからは一人でやっていける」
老師はナヴィの言葉を否定することはしなかった。ナヴィは下を向き、嘆いた。
「そんな……僕はまだまだ未熟者です。これからも老師様のお力が必要なのです……現に、今も手詰まり状態で、どうすることもできていない……」
「ん? ナヴィ。何があった。話してみるがよい。私が生きている限りは、そなたの力になろう!」
ナヴィは顔をあげ、ぎこちない作り笑顔で悩みを打ち明けた。
「ありがとうございます! それが……仮に解放軍キリシマを倒し、この島に平和が訪れたとしても……未来転送装置はすでに完成してしまっている……
時空の歪みに巻き込まれた人達を助けることはできない……一体どうすればいいのでしょうか?」
「なるほど……それは難関極める問題じゃな。私の長い人生においても、こんな事例は初めてのこと……はっきり言って、その問題の正解は、私にも分からぬことかもしれんな……」
初代・時の支配者の長い経験の中でも、人工的に時空の歪みを生み出す者はいなかった。
キリシマ博士の存在が、まさに異例なのだ。
老師の知恵をもってしても、答えが導き出されることはない……
無念な結果に、ナヴィは肩を落とした。
「そ、そんな……老師様にも分からないなんて……」
老師は落胆するナヴィの横を通り、ラビの隣まで歩み寄る。
今はもう動くことのないラビの顔を、じっと眺めた。
「だが、ナヴィよ。ひとつだけ言えることがある。先代、時の支配者のラビは……
ずっと一人の男に注目していた。皆が他の世界に目を向ける中で、一人の男をずっと追っていたのじゃ」
「もしかして、その人物って──」
「うむ、装置を完成させたキリシマじゃ! ラビは優秀な時の支配者……
そんなラビが、何も手段を取っていないとは、私にはとても思えぬ」
老師はラビを心の底から信じていた。
具体的な案こそ出すことはできなかったが、老師はナヴィに、あるひとつの教えを授けた。
「ナヴィよ。決して諦めてはならぬ! ラビを信じ、そしてまずは──
己を信じるのじゃ! そうすれば未来は切り開くことができるだろう!!」
「その言葉って……」
ナヴィはこの言葉をよく耳にしていた。
それはラビが口癖のように言っていた言葉だったからだ。
もしかしたらこの言葉は、老師からラビへ
ラビからナヴィへと紡いできた──そんな大切な教えなのかもしれない。
(自分を信じろか……正直、今は何も分からないけど……諦めたらそこで終わりだ!
自分を信じ、自分の思うがままに行動し、未来を切り開く!! よし……!!)
ナヴィは老師に言われた言葉を胸に、腹をくくった。
「ライム!! ミサキ!!」
名前を呼ばれた二人は、ナヴィの顔を見る。
「どうしたナヴィ? 何か分かったのか?」
「いや、それは変わらず、今は分からない……けど──僕達は僕達の信じたように、やれることをやろう!!
解放軍キリシマを倒すんだ!! 今から先のことを悩んでたって仕方がない! 悩むのは、キリシマを倒したその後だ!!」
ナヴィはここで老師に会わなければ、目的を見失い、路頭に迷っていたかもしれない。
答えは分からずとも、今までナヴィの行ってきた事、ライム達と過ごした日々は──
何一つ間違ったものではない。
出来ることから始めていけばいい。
ナヴィはそう、気持ちを切り替えることができた。
落ち込んでいたナヴィの顔が、ライム達の知る、いつものナヴィの顔に戻ってきていた。
そのナヴィの顔を見たライムに、笑みが溢れる。
「そうだな! 初めから俺達のやることは一つだった! キリシマを──解放軍を倒そう!!」
ミサキはナヴィを信じている。
ナヴィの行く道に、ついていけば間違いはない。
「そうよ!! 私はナヴィちゃんが信じる道について行くわよ!! 己を信じるナヴィちゃんを、私は信じる!!」
「ありがとう! 二人とも!! 二人がキリシマを倒した後……いや、倒す間に──僕が必ず時空の歪みの犠牲者を救う手段を見つけてみせる!! だから二人はキリシマを倒すことに専念してくれ!!」
第99話 “紡いできた教え” 完




