第96話「天上階大広間②」
ラビは仁王立ちのまま、直立不動で完全に固まっている。
果たして、この状態で生きているのか……?
一体ラビが今どういう状態なのか、ライムには一切分からなかった。ライムがナヴィに疑問を呈する。
「さっきナヴィはラビ様は、まだ生きてるって言ってたけど……失礼な話だけど、本当にこれ生きてるのか? 呼吸すらしてないように思えるけど……」
ナヴィはラビの顔をじっと見つめ、現状を説明した。
「僕達時の支配者は、君達の世界に行く際に、“意識だけ”を送り込むことができるんだ! 実体はこの塔に置きながら、意識だけを別世界に送り込む──そういう方法をね」
「なるほど。はっきり言ってパッと見、死んでしまっているように思えたけど……実際のところは、そんなことはないのか!」
ライムの発言に対し、ナヴィは更に暗い表情を見せる。
「うん……“今のところ”はね……何度も説明している通り、ラビ様は君達の世界に飛び込み、時の軸を止めている……
そして今もなお、ラビ様は時を止めながらも君達の世界の未来で生き続け、少しでも装置の犠牲を減らすために、たった一人で戦い続けているはずなんだ。
このラビ様のやっていることは、物凄い体に負担を与えることでね……命にも関わるほどの、大きな負担になりえる!
そのため意識を送り込む、この方法で、少しでも体の負担を軽減させようとしているんだよ。けど───」
ナヴィの言葉が詰まった。
ナヴィは声を震わせながら、言葉を続けた。
「ラビ様が時の軸を“止めた”ということは……必然的に、今度は時の軸を“動かす”瞬間が、必ず訪れることになる……
その“時”を動かした瞬間……またラビ様の体にとてつもない衝撃が走る……
今度は、ラビ様の体も耐えられずに、死んでしまうだろう……
だから……今ラビ様は生きてようとも……もう、ラビ様は命を失ったも同然なんだ……」
「ナヴィ……」
体を震わせ、辛そうな顔をするナヴィに、ライムとミサキは声をかけることができなかった。
ナヴィの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
何度も目が潤んでは涙を堪え、ぐっと我慢する……時の塔に入ってからは、その繰り返しだ。
中には嬉し涙も交えたが、悲しい出来事のが多かった。
「僕達も意識を送り込むことができれば──今のラビ様の状況も、ラビ様の考えも、すべて知ることができるんだけど……
こうも時の軸を止められては、僕達はどうすることもできない……
きっとラビ様はたった一人、孤独に戦っているに違いない。胸が痛む思いだ……」
ライム達はようやくナヴィが言っていた、曖昧な発言の意味を理解することができた。
自分の命を懸けて、ラビはライム達の世界に残り、たった一人で戦っている……
ラビの覚悟は、並大抵のものではなかっただろう……
ナヴィが感傷に浸っていると、広間の奥の方から一人の人物が、ゆっくりとこちらに向かって歩いてやって来るのが見えた。
その姿を確認したナヴィは、涙目で気を落としていたにも関わらず、突然背筋をピンと立て、慌てて姿勢を正した。
「お、お久しぶりです! 老師様」
ナヴィ達の前に現れたのは、見た目は全身がしわしわで、耳は少し垂れている──ウサギの姿をした時の民だ。
見るからに、ご高齢の老人といったところである。
ライムとミサキは、ナヴィに紹介されずとも勘づいた。
なるほど、この方が老師様。初代・時の支配者か──と。
老師はナヴィを見て、少しだけニコッと笑顔を見せた。
「ナヴィ。しばらく見ないうちに、随分と凛々しい、いい顔になったのぅ」
「は、はい! 恐縮です。ありがとうございます!」
「時の支配者の器も、少しは板についてきたようじゃな!」
「いえ……とんでもないです! まだまだ未熟ですので」
やはり偉い人とだけあって、ナヴィの態度は急変し、きびきびした様子だった。
そんなかしこまったナヴィの横にいる、ライムとミサキの二人の存在に老師は気づく。
「そうか。この者達か! ラビが救世主と呼んでいた者達は!!」
ナヴィは何の躊躇いもなく、潔く返事をした。
「はい! そうです! ライムはキリシマの実の息子。何人もの解放軍を倒してきました!
そしてミサキは道中で出会った、我々の良き理解者です!
二人は最高の僕の仲間、世界を救う救世主に違いありません!!」
以前ナヴィは、ライムがキリシマのペアとは違う人物と判明したとき──ライムは救世主ではなかったと謝罪していた。
それにも関わらず、老師に問われたナヴィは、はっきりと二人を救世主と答えたのだ。
想像だにしないナヴィの発言に、ライムは慌て気味に言葉を返した。
「ちょっと待ってよ……ナヴィ! 俺が救世主と決まったわけじゃ……」
ライムは例え『自分が救世主じゃなかろうと、この島を救ってやる!』という、強い信念を抱いていた。
しかし、いざ老師の前で、こうも堂々と言われると……ライムは急に自信がなくなってしまっていた。
そして、更にライムより困っていたのが、ミサキである。
ライムが救世主という話は、何度も耳にしたことはあったが、まさか自分がその救世主だったとは思ってもみない。
当然、ミサキも否定する。
「ライムだけじゃなくて、私も含まれてるの? そんなの聞いてないよ! ナヴィちゃん!! 私が救世主だなんて、おかしいでしょ……」
困り果てて否定し続ける二人に、ナヴィは頷くことはせず、大きく首を横に振った。
「いいや……今なら断言できる!! 二人とも救世主で間違いない!! ライムとミサキは、僕が信じる救世主だよ!!」
今のナヴィには確信を持って答えることができる。
ライムとミサキの二人が、この危機を救う救世主なのだと。
いつの間にかミサキも救世主となっていたが、何もラビは救世主は一人とは言っていない。
ミサキだって、ライムと同様の立派な救世主だ。
ナヴィは改めて、老師に向けて力強く言った。
「この僕が信じた二人の救世主……ライム、ミサキ、そして僕の──この三人で!! 必ずや、この島の危機を救ってみせます!!」
第96話 “天上階大広間” 完




