第94話「核心③」
ナヴィは防ぎようのない出来事と分かりながら、博士に意地悪な質問をしてみせた。
「もし、博士が『同一人物は存在してはならない』
このルールを事前に知ってて、なおかつ別の未来ではライムが生きている……
この二つの事実を知っていたとしたら──“あの時”、装置のボタンを押さずに済んだかい?」
博士は眉を細め、顔をしかめた。
そして、きっぱりと断言した。
「いや、無理だったろうな! きっと同じ過ちを私は犯すだろう。私はライムをどうしても救いたかった……
別の未来にライムが生きていると言われても、私の生きる未来にライムがいなければ意味がない!
別の未来の世界など、私にとっては、ないも当然だ! だから無理だ!! 偉そうに言えた話ではないがな……」
博士の言う通りかもしれない。
基本的に、人は別の未来に行くことなどできない。
別の未来に生きていると言われても、同じ未来で一緒にいられなければ何の意味もない。
時の支配者のような、客観的に未来を見る者と、実際に生きる者との感覚が、同じなわけがなかったのだ。
「そうか……無意味な質問だったようだね。あなたの思考がどのようなものか知りたくて! あなたの思考は、恐らく解放軍キリシマにも繋がる……」
ナヴィが解放軍キリシマの話を始めた。
もう事件の真相、この件の事はすべて片付いたつもりなのだろう。
そう、ナヴィが別問題に取りかかろうしていたが──
ライムは“あること”にずっと引っ掛かっており、先に進まれては困ると、すかさず話を元へと戻した。
「ちょっと待ってくれ!! ナヴィ!! キリシマの話をする前に……どうしても気になることがあるんだ!!」
ナヴィは嫌な予感がした。
恐らくその予感は──当たる。
渋々ナヴィはライムに聞き返す。
「どうしたんだい? ライム。その気になることってのは……」
正直のところ、ライムの心境はそれどころではなかった。
本当は自分が死んでいたかもしれない……
それを考えると、なんだか今自分が生きてることが、意に反してるような気がして、居たたまれない気持ちでいっぱいだったのだ。
けれども、今は悲観している場合ではない。
沈んだ気持ちのまま、この場をやり過ごすし、気がかりな、うやむやを放っておくわけにはいかない。
ライムは自分を奮い立たせる。強い気持ちを持ってナヴィに尋ねた。
「薄々気づいてはいたんだ……そして博士の話を聞いて、尚更はっきりしたことがある。それは──
キリシマを倒して、この島が平和になったところで……
この事件は無事終わるのか? 止められた時を動かすことはできるのか?」
ライムが核心をついた。
やはりナヴィの嫌な予感は的中していた。
ミサキがライムの発言に驚愕する。
しかし、すぐさまその意味を理解し、ライムに便乗するように言った。
「そうよ……その通りよ! ライムの言う通りじゃない!! 博士の話によれば、すでに装置は完成されて実用されている……
ラビ様が時の軸を止めたあとでも、現に未来は動いていて、その装置の乱用は止まってないのよね……?
犠牲者は増える一方……この装置の暴走を止めるには、一体どうしたらいいの!?」
ナヴィは沈黙を貫いた。
当然、その事実にナヴィは気づいていた。
気づいていたからこそ、ナヴィは黙っていたのだ。
なぜ知ってて黙っていたのか? その理由は──
手段がないからだ。
どうやっても、どう考えても……
装置を止める術が見つからないのだ。
ナヴィはそっと目を瞑り、半ば諦めるようにして小声で言った。
「分からない……僕にも……どうしたらいいか分からないんだ……」
時の支配者が現状を受け入れ、諦めてしまっている……
こんなことはあってはならないことだ。
けれども事実、今は完全に手詰まり状態。
どうすればこの問題が解決できるのか、ナヴィには分からなかった。
一同に重たい空気が流れる。
ライムは事実を述べただけ……言ったライムが悪いわけではない。
いつかは知るであろう、受け入れなければならない事実だ。
そんな気まずい時間がしばらく流れたが、その沈黙を破るような、けたたましい声が静寂の地下室に響き渡った。
「ナヴィ様ーー! ナヴィ様ーー! 至急、天上階へお向かいください!!」
とある一人の時の民が、ナヴィを呼びに地下室へやって来ていたのだ。
何やら大変慌てた様子である。ナヴィは騒ぎ立てるその理由を尋ねた。
「どうした慌てて……? 一体何が起きた!?」
「老師様が……!! 初代・時の支配者 “リア・ラビット”様が──先程、目を覚ましました!!」
何という抜群のタイミング。
長いこと眠りについていた、初代・時の支配者が目を覚ましたのだ。
経験豊富な時の支配者ならば、この難題を解決に導いてくれるかもしれない!!
ナヴィは淡い期待を寄せる。
「老師様なら──もしかしたら何か分かるかもしれない!!
ライム、ミサキ! いっしょに老師様のもとへ行こう!!」
第94話 “核心” 完




