第80話「再会①」
“ここ”に来るまでは、心の中で『本当は違うんじゃないか?』、『人違いなのではないか?』
そんないくつもの否定の言葉が、俺の頭の中を巡っていた。
しかし、無精髭の男は俺の顔を見るなり、しっかりと俺の名前を呼んだ。
「お、おまえは……ライム!! ライムじゃないか!!」
カコイマミライ
~時を刻まない島~
第80話
“再会”
いくらライムに記憶はないといえど、父親と呼ばれる存在との再会に、心臓はばくばくと鳴り、緊張感は最高潮に達していた。
だが、実際その時が訪れたところで、ライムの期待に反して、何の感情も生まれることはなかった。
考えてみれば、それも当然のことなのだろう。それでもライムはどこか淡い期待を抱いていたのだ。
現実は悲しいことに、ライムが感じたものは、その辺で出会う村人男性を見かけた時のような……
何てことはない、ごく普通の感覚しかなかった。
何の感情も生まれなかったはずなのに……
それなのに不思議と雰囲気に負けて、話を合わせてしまうライムがここにいた。
「親父……なのか?」
ライムの問いかけに対し、嬉しそうに無精髭の男は答えた。
「そうだ! 俺だ! 何当たり前のこと言ってるんだライム!!」
やはり男はライムの父親、キリシマのようだ。
笑顔を見せていたキリシマは、ライムの異変にすぐさま気付く。次第に笑顔も消えていく。
「ライム……? もしかして俺のことを覚えてないのか? 分からないのか……?」
キリシマが勘づき始めたところで、ナヴィが厳しい現実を突きつけた。
「あなたがキリシマで間違いないようだね……残念ながら、ライムはあなたを父親と認識することはできない。あなたに関するすべての記憶を失っている」
「な、なんだって!? どうしてそんなことに……」
キリシマは唖然としているが、それでもナヴィは話を先に進めた。
「あなたが作った“未来転送装置”。この装置の暴走で、世界中が大変なことになっている……事の成り行きは、あなたの部下“オオヤマ”から聞いたよ」
「オオヤマ……? 私の部下に、そのような名前の者はいないが」
(やはりそうか……キリシマの記憶からオオヤマは消えている……)
ここはナヴィの想定通りだ。
キリシマはオオヤマのことこそは分からなかったものの、自分のせいで世界中がパニックに陥っているということは、しっかりと受け止め、理解しているようだった。
キリシマは言い訳と共に反省の弁を述べる。
「オオヤマという者はさておき、私も大変な過ちを犯してしまったと思っている。本当に申し訳なかった……だが、私もこうするしかなかったんだ!
手段が他にはなかったんだ……それだけは分かって欲しい」
キリシマはひたすら謝った。
どんな事情があったかは知らないが、この事件を起こしたキリシマの罪は重い。
ナヴィは冷酷な態度で、厳しい言葉を投げかける。
「謝っても意味のないことだ。キリシマ。悔やんだところで“過去”が変わることはない」
ナヴィは解放軍が作ったと思われる牢屋を隅々まで見た。牢屋といっても作りはとても簡素なものだ。
洞窟の行き止まりの部分の壁を背にして、人が通れないほどの狭い間隔で、鉄の柵をいくつか地面に打っているだけである。
神力や神獣を使える異界人ならば、簡単に破壊できてしまうだろう。
なんだかこれでは、解放軍のハヤテに騙された気分だ。
神力使いには、鍵などなくても何ら問題はない。それほどチープな作りだったのだ。
それなのにも関わらず、キリシマは脱出を計ろうとしない。その点からナヴィは察した。
「ここから脱出しないってことは、神力や神獣を使えないと見ていいようだね」
ナヴィの言葉を聞いたキリシマは、憎しみを込めるように語気を強めた。
「あぁ、俺は解放軍キリシマとは違う!! 人殺しじゃない……力なんか俺には必要ないんだ!!」
怒っていたように見えたキリシマであったが、今度は突然しゃがみ込み、声を震わせる。
「分かってくれ……俺は人殺しなんかじゃない……俺は……俺は解放軍のキリシマとは違うんだ……」
キリシマの情緒は不安定だ。
無理もないだろう。散々、解放軍キリシマと間違えられ、怯える生活を送ってきた。
ナヴィはこのキリシマの性格を見て、想像よりも遥かに良い印象を得ていた。
(このキリシマ、解放軍のキリシマとはまるで違う……力も持たないし、自分の犯した罪を反省している。思ってたより話は通じそうだ)
解放軍の方とは別のキリシマ──どうやらこちらのキリシマは、危険な思考を持った人物ではないようだ。何より力を持たないため、脅威はない。
キリシマはこのすべての事件の鍵を握る最重要人物。
そこでナヴィは重い決断を下す。
ナヴィはこのキリシマにライム達にも話した、
“時の流れ”の話をすることにした。
「いいかい……これから僕が話すことを落ち着いて聞くんだ。あなたがこの話を信じる信じないは自由だが、これは紛れもない事実だ。実は、時とはね────」




