第7話「過去、現在、そして無数の未来③」
更に、ナヴィは別の重要な問題点もあげる。
「それともう一つの問題がある。それは果たして、ここにいる君が“今”を生きていた方かどうかだ。
どうだい? ライム。君は自分が“今”を生きていたと、そう言い切る……自信はあるかい?」
「それどういう意味だ……? だって俺は時空の歪みによって、未来へと飛ばされたんだろ?
だとしたら間違いないよ。ここにいる俺が、今を生きていた俺だ!!」
そもそもの意味がライムには分からなかったが、自分は“今”を生きていたに決まっている。
当然の如く、ライムは自信を持って言い切った。
しかし、ナヴィは疑惑の目をライムに向ける。
「いや、それはどうかな? 未来に行くにも、この異世界に来るのにも、必ず時空の歪みを経由することになるんだ。
要するに、今の君も、未来の君も、時空の歪みに飲み込まれてここに来ている……
だからそれを理由には、今を生きていた証しにはならない」
「じゃあ俺は今じゃなくて、未来を生きていた方かもしれないってこと?
そんな馬鹿な……俺は間違いなく今を生きていたはずなのに……」
納得の行かないライムに、ナヴィは分かりやすく解説を入れる。
「君がいた世界の“時間”に置き換えて、今一度考えてみて欲しい。
例えば、今の君がいて、明日の君がいるとしよう。
もちろん今から見れば、明日は未来だ。しかし、明日の君の目線から見たらどうだ?
明日の君は今を生きる者となり、今の君は過去の者となる。
即ち、どこを時の軸に置くかで、過去も未来も変わる!」
「た、確かに! 俺は今を生きているつもりだけど、もしかしたらそれは未来の出来事かもしれないってことか!!」
「そう!! そして、実際にその“時の軸”というものは存在するんだ!!
それを“タイムアクシス”と呼ぶ。
今(現在)=時の軸ということだよ!!」
「時の軸……タイムアクシスか……
要は、その時の軸を境に考えて……
それより先が、未来……それより前の出来事が過去として考えられるわけだね!!」
難解な話ながらも、なんとかライムもついていけているようだ。思わずナヴィは手を叩く。
「そうそう! その通りだよ!
それに加え、本人達は時の軸を生きているかどうかを知ることができない……
判別する手段がないからね!
“今”を生きているか、“未来”を生きているか、それは誰にも分からないことなんだ!!」
流暢に話していたナヴィは、突然話をここで止める。
そして、ナヴィは下を向き、神妙な面持ちで言った。
「でも、でもね……その重要な時の軸なんだけども……とある事情があってね……
実は、君がいた世界の“時の軸” 、 “今” は……
止まってしまっているんだ…!!」
「えっ……? 時が止まってるのか?」
「非常事態でね。時を止めざるをえないんだよ。君がこの世界に来ることとなった
“時空の歪み”
それがこの危機に深く関わっているんだ」
「時空の歪み……一体何があったっていうんだ」
「それはまたあとで説明するよ! とにかく“今”はある事情で止まっている。
過去は変わらない。動くことはしない。
現状、未来だけが時を刻み続けているんだ。未来は止めることができない」
「今が止まっているのなら、未来も止まるんじゃないのか? おかしな話だな」
「これも難しい話だけどね……未来というのはいくつもの世界を持っているんだ。
時の流れとともに、未来はいくつも増え、無数に増え続けている……例を出してみよう」
そう言うとナヴィはそこら辺に落ちていた石ころと、折れた木の枝を拾った。
そして、自分の足下に拾った石と木を、また地面へと置いた。
「ここに石と木がある。これから起こりうる未来のことを考えてみよう。
僕が石を“手に取る” これをパターンA
僕が石を“取らない” これがパターンB
このように未来には複数の世界が、選択肢のように枝分かれして存在しているんだ!
そして、実際に僕が行動に移すことによって、予想されている未来が、現実のものになる瞬間が訪れる……
僕は石を“手に取る”、パターンAの方を選んだ。その瞬間に、これが現実“今”起こったこととなったんだ。
すると、もうひとつの可能性としてあった石を“取らない”というパターンBの未来は、そこで消えてしまう……何もなかったことになってしまうんだよ」
「別のパターンの未来は消えてしまうのか!」
「そう、未来は複数あれど、“今”はひとつしか存在しない!
一見、複雑な話のように聞こえるかもしれないけど、実はこれは君もすでに自然とやってることなんだけど……それに気づいたかな?」
ナヴィにそう言われて少しは考えたが、身に覚えのない出来事にライムは聞き返す。
「えっ? すでに俺も……? 俺も“今”の選択をしてたのか……?」
「うん、ちゃっかりとね! これは君だけじゃなく、すべての者がやっていることさ!
君達、人の人生には大きな分岐点があるはずだ。進学、就職や結婚……色々とね!
その数ある選択肢の中から、ひとつを選んで“今”を生きている。
先程の例を出した話は、これと何ら変わりはない」
「なるほど……違った進路を選んだ場合の未来も、存在するってわけか!」
「そうそう、そんな話だよ。これが些細なことでも起こりうる。
夜のご飯は何を食べよう……寝て起きたら、どこへ出掛けよう……そういった具合にね!
このように未来はいくつもの世界を持っているんだよ!
数ある未来から“今”は“たったひとつだけ”選択され、その他の未来はすべて消滅する……
そして“今”が終わると、それは“過去”の出来事となる……
これが“時の流れ”なんだよ」
明らかになった“時の流れ”の真実。
この真実を知る者は誰一人として存在しない。
時の支配者 ナヴィ・ホワイト
この者と出会うことがなければ、一生知ることはなかっただろう。
そして、なぜ時の軸、“今”という重要な時を止めなければならなかったのか……
その事実も、このあと明らかになっていくこととなる。
第7話 “過去、現在、そして無数の未来” 完
※今回を含めた5、6、7話は、この作品の核になる部分です。
時の軸や、時の流れの話は、複雑なところがあるかもしれません。
「今が止まってるのに、未来は動いてるっておかしくないか?」
そう思われるかもしれませんが、これは作者が考えた、独自の“設定”です。
そこはご理解いただけると幸いです。
また、時空の歪みに飲まれ、時のルールに引っ掛かった……と作中にありますが
実はここで、ある矛盾が発生してしまっています。
そちらの矛盾について、活動報告のページに書いておくので、よかったら見てください。
この矛盾は、気づかなくてもストーリー上は問題ありません。
余計混乱を招きかねないので、興味ある方だけ、見ていただけるといいかと思います。