第61話「戯言③」
ライムはナヴィと初めて会った時のことを思い返していた。
忘れかけていた、様々な記憶を思い巡らす。
しかしそこで、ライムに合点のいかない、矛盾が生じる。
「えっと……ナヴィの前の、時の支配者は“時の軸”、“今”を止めて命を落としたんじゃなかったか……?」
ナヴィは大きく首を横に降った。
「違うよ! ライム! それは“先代”の時の支配者のことね。
僕は三代目・時の支配者。だから会いたいのは初代の方だよ!」
ライムは今まで勘違いをしていたようだ。
どうやら時の支配者と名がつくものは、三人いたらしい。
ミサキが興味津々でナヴィに尋ねる。
「へぇ~……じゃあかなりのおじいちゃんウサギなのかな?」
「おじいちゃんウサギとは失礼な!
君達の世界の年月でいえば、う~ん……そうだなぁ~……数百年、いや!数千年はくだらないほど生きているはずだ!」
ナヴィにもライム達と同様に、“時間”で例える、年数が頭の中にうまく出てこない。
そのため、少し大袈裟に話を盛って表現してしまった部分はあるのだろう……
ライムはナヴィから知らされた、老師様の桁違いの長生きさに、度肝を抜かされた。
「えーーっ!! 数千年だって!!??」
「しーーっ! 声がでかいよライム」
いくら騒がしい酒場とは言えど、ライムは大声を出しすぎた。
周りの大人達から白い目で見られ、慌ててナヴィはライムを静めた。
時間の概念が分からないはずのライムであるが、あまりにもバカでかすぎるほどの年数に驚愕している。
さすがに数千年と言われれば、普通の規模の年齢を遥かに上回っているということは、ライムにも不思議と認識できているようだ。
「騒いでごめん! まさかそんな長生きだとは思ってもなくてさ」
「それはもう謝らなくていいんだけどさ……でもね、ライム……
そんな長生きの老師様の寿命も……もうあとわずかなんだ……」
「えっ……」
老師の寿命について語り始めたナヴィは、思わず言葉を濁した。
そして、ナヴィは険しい表情でライム達に説明する。
「残り僅かの命と気付いた老師様は、少しでも長く生きるため、自らの時を止めて眠りにつくことで生き永らえているんだ!
僕が救世主を探すために、塔を出る頃はまだ老師様は夢の中だった……今度は目を覚ましてればいいんだけど……」
“自らの時を止める”
時の支配者たるものならば、それも可能なのだろう。
「自分の時を止めることができるのか……けど先代、二代目のナヴィの兄ちゃんは、時を止めて命を落としたんだよな? だったら老師様も、危険じゃないのか!?」
「ううん……僕の兄と、老師様の時の止め方では、大きな違いがあるんだよ!
老師様のように“自分だけ”の時を止めるのなら、そこまでの負担はかからないんだけど……
兄は君達の生きる世界の“すべて”を止めているんだ!
生きとし生ける者だけではない。時の流れに作用するもの、即ち“すべて”だ!! 負担は計り知れるものではないよ!!」
老師様こと、初代・時の支配者は自らの時を止めて生き永らえている。
だが、止めたのは自らの時のみの話であり、時の塔および、その他の世界は含まれない。
つまり、この異世界の時は、通常通り流れ続けているというわけだ。
今一度説明するが
普通の時の流れを続ける異世界 通称『時を刻まない島』と
“今”、時の軸が止まったライム達がいた元の世界
この二つの世界は異なる時の流れを見せている。
しかし、この二つの世界の時は干渉しない。
そのため、いくら異世界の時が流れ続けても、ライム達の世界の時に影響を及ぼすことはないのだ。
ライム達が初代・時の支配者の話をし、時の止め方の違いについての説明を受けていると……
その場にほんのり顔を赤くして、メガネをかけた男性がライムに近づいてきていた。
すると、その男性はライムの顔をよく確認した上で声をかける。
「やっぱりそうだ! さっきの大声で見かけてそうじゃないかと思ったんだ。
キミ、ライム君だよね?」
「えっ……?」
いきなり声をかけられたライムは驚いて、目が点になった。
この島に知り合いなどいないはず……となると……
(もしかして俺もミツルギみたいにお尋ね者に!?)
解放軍に目をつけられ、指名手配になったかとも考えたが……
どうも男はライムを警戒している様子もない。
酔ったせいもあるのか、実に穏やかな表情である。
不思議に思ったライムは、謝罪と共に尋ねてみた。
「ごめんなさい。俺、あなたのこと知らなくて……どこかでお会いしましたっけ?」
メガネの男は、うっかりとばかりに天を仰ぐ。
「あぁ、そうか! ライム君は僕のこと知らないのも無理ないよね。でも驚いたな、キミもこの島に来てたとは……」
どうやら向こうが一方的にライムのことを知っているようだ。
「それで、なんで俺のことを?」
「あぁ、それはキミのお父さんに写真を見せてもらってね。
長いこと会えてないけど、自慢の息子だってよく話しててさ。だから僕はライム君のこと知ってたんだよ!」
ライムは首を傾げて、眉を細めた。
「父……?
(何を言ってるんだ……この人……)」
何かの手違いか。きっとこの人は、人違いをしている。
ライムは一度そう思ったが、“ライム”という少し珍しい名前の一致もあり、念のため、確認を取ってみることにした。
「父は俺が産まれて間もなくして亡くなってしまって……だから父の記憶が俺にはないんです。人違いじゃないですか?」
「いやいや、そんなバカな! キミのお父さんはずっと元気だったじゃないか!」
話が食い違う二人。
ライムの頭は困惑していた。
(なんだ……なぜこうも話が合わない……一体この人は、何を言ってるんだ……?)
ライムを知るという謎の人物……
この男の登場、そして彼の後の証言により、事態は急速な展開を見せていくことになるとは……
この時のライムには、知るよしもなかった。
第61話 “戯言” 完




