第56話「場馴れ③」
ライムの右手は血だらけになりながらも、かろうじて無事のようだ。
右手がしっかりと動くのを確認したライムは、すぐさま後ろに下がり、ミツルギとの距離を取る。
顎を強打し、地面に投げつけられたミツルギは、侮辱を味わうも無言で立ち上がり、ライムの顔を睨み付けた。
「おまえ、随分と戦闘慣れしているな……咄嗟に取った行動と思われるが、いい判断だ。 あのまま引っ張り続ければ、今頃おまえの右手は失くなっていた!」
ライムに全身鳥肌がたち、寒気がした。
だが、それよりもライムは、もうひとつのミツルギが発した言葉の方が気になっていた。
(俺が……戦闘慣れ……?)
ライムは思ってもみなかった。
この島に来るまでは、もちろんライムは命の掛け合いなどしたこともない。
それも当たり前のことである。
けれども、幾度と解放軍と対戦しているうちに、自然とライムは成長し
命の危機に襲われても、冷静な判断を下せるほどの場馴れをしていたのだ。
普通の人間ならば、ケルベロスの恐怖に怯えるだけで、簡単に処理できるミツルギは、ライムやミサキの存在が不思議でたまらなかった。
ミツルギから赤い目は徐々に消えていき、二人に興味を示し始める。
「おまえ……いや、おまえらは一体何者なんだ? なぜこうも場馴れしている? 只者じゃない……」
ライムは左の服の袖を引っ張ってちぎり、血の垂れる右手を止血するようにして結んだ。
そして、ミツルギの問いに堂々と答えた。
「俺達はおまえ等を倒すために旅を続けているんだ! 解放軍は決して許さない……俺は解放軍を壊滅させる!!」
漠然としたライムの野望に、ミツルギは鼻で笑った。
「ふっ……随分と大それた話だな。それに──キリシマのペアのおまえがそれを言うのか?」
「だったら尚更のことだ。俺のペアなら、俺がしっかりけじめをとって、片付けなきゃならない!」
「よく言うぜ……さっきまで自分は死んだ方がいいと嘆いてたくせによ!!」
ライムは先程までの自分を、自分の過ちを恥じた。
「確かに、さっき俺の中には弱い自分がいた……でも今はもう違う!
例えキリシマを倒した所で、解放軍の勢いは止まらないとしても……別の方法を見つけて、必ず解放軍は俺が壊滅させる!!」
「またまたこれは大袈裟な……おまえたった一人で何かできるとでも!? 別の方法と言っても、どうやって止めるつもりだ? 何か少しでも考えがあるのか!?」
ライムはうつむき、自信無さそうにしながら答えた。
「今はまだ……正直、何も案は浮かんでない。けどここで死んだら、それこそすべては終わる……だからだから──」
言葉を飲んだライムは、今一度顔をあげ、ミツルギの目をじっと見ながら強く言った。
「俺はここで死ぬわけにはいかない!!!
キリシマもたった一人で、解放軍をここまで拡大させたんだ。 キリシマにできたなら、ペアの俺にも同じことができるはずだ!!」
ライムの強き意思が言葉から伝わってくる。
しかし、聞き捨てならないセリフにミサキとナヴィは即座に反応し、訂正した。
「ちょっとライム! 一人じゃないでしょ!!」
「そうだよ! 僕達もいるよ!!」
ライムは少し照れ臭そうにしながら頭をかく。
「あぁ、ごめんごめん! 一人じゃなかったね! 俺には!!」
組織の上に立つトップたる者には、ある程度のカリスマ性が必要となってくることだろう。
それがもはやカルト教団にも近い、解放軍のトップとなればなおのこと。
そうなれば、キリシマのペアのライムにも、似たような力が備わっているのかもしれない。
そのカリスマ性を良い方に働かせれば、きっとライムが望む未来も見えてくるはずだ。
ライムの場馴れに驚き、不気味に感じていたミツルギだったわけだが……
キリシマと自分を照らし合わせるライムの真摯な姿を目の当たりにし、次第にミツルギの中でライムに対する“謎”は……
あるひとつの“疑惑”へと変わっていく。
その疑惑をミツルギは打ち明けた。
「おまえ………
本当にキリシマか……?」
第56話 “場馴れ” 完




