第11話「存在しない者②」
ライムの姿は完全に暗闇に溶け込み、手下達から逃げ切ることに、無事成功する。
「はぁ……はぁ……ここまで来ればもう大丈夫だろ……一時は本当に死んだかと思った」
バテて息を切らすライムに対し、ずっと抱きかかえられたままで元気なナヴィ。
ナヴィは無責任にライムに言った。
「君の神力もはっきりしたことだし、結果よかったじゃないか!」
「よくないよ! たまたまうまくいっただけだろ!!」
「しーーっ! 声が大きいよライム。また解放軍に気づかれちゃうよ!」
ライムは疲れきったのか、その場で突然倒れこみ、寝転んだ。
「もう訳が分かんないことが多すぎて、なんだか疲れちゃったよ……」
寝そべったライムはふと空を見上げた。
そこには満天の星空が広がっている。
「星が綺麗だな……そう感じられる。生きてることが不思議なくらいだ」
ライムはセンチメンタルな気持ちになっていた。
疲れた体も心も、この綺麗な星空で少しは癒されたような気もする。
ナヴィが地面に座り込んで、ライムにそっと話かける。
「気付いてるかもしれないけど、この島は君が住んでいた世界みたいに機械で溢れていない。自然豊かな島だよ。星だってよく見える」
「どうりで……機械どころか、街灯すらないもんな。思えば海もすごく綺麗だったし、ほんと自然に溢れた所なんだね」
横になりながら空を見上げ、気持ちも落ち着いたせいか、ライムはうとうとと、寝そうになってしまっていた。
しかし、ライムは慌てて目を開けて、飛び起きる。
「──あぶないあぶない! 危うく寝るところだった……今寝たら、またいつ解放軍に襲われることか……これじゃ、寝ることもできやしない」
警戒心の高まっているライムに、気持ちを察したナヴィは優しさを見せる。
「安心してライム。僕がしっかり見張ってるよ。慣れないこと続きで疲れただろう? ゆっくり寝るといいよ」
「ナヴィ……ありがとう。助かるよ! じゃあ、お言葉に甘えて寝るとしようかな」
「うん。遠慮しないで僕に任せて」
ライムはナヴィの優しさに感謝した。
相当疲れていたのか、ライムは目を瞑るとほぼ同時に、眠りについてしまった。
この島に着いて、ライムは初めての夜を明かした。
朝日が差し込み、陽の光でライムは目が覚める。
「う~ん……朝か……そのまま寝てたみたいだな。あれ? ナヴィは?」
ライムはナヴィの身に何か起きてしまったのではないかと不安になり、慌てて辺りを見渡し、ナヴィを探した。
だが……そんなライムの心配をよそに……
ナヴィは少し離れたところで、いびきをかきながら気持ち良さそうに寝ていた。
「あ、あいつ……」
呆れたライムは、寝てるナヴィの体を揺すって叩き起こす。
「おい! ナヴィ! 起きろ!!」
「──ん……あぁ、ライム。おはよう」
「おはようじゃないよ! ひどいじゃないか! 見張ってるって言うから、こっちは信用して寝たのに!!」
怒るライムの気にも触れず、ナヴィはマイペースに大きく伸びをして、あくびをしながら答えた。
「ふぁ~ぁ……まぁいいじゃないか。結局何事もなかったわけだし! そうカリカリしないでよ」
「ったく…はぁ……」
ライムはため息をこぼす。
呆れ果てているライムの顔を見て、すかさずナヴィは謝った。
「だからごめんて……僕の一瞬の気の緩みのせいで……」
「いや……そうじゃないんだ」
「えっ?」
ライムはてっきり昨夜の件で怒っているかと思いきや、本質は違うところにあった。
ライムはどこか遠くをぼんやりと見つめるようにしながら話す。
「やっぱりこれって夢じゃないんだな……ってさ。
もしかしたらこれは全部夢の話で、寝て覚めたらいつもの光景があるんじゃないかって……
心の底では期待してる自分がいたんだ」
「ライム……」
「今頃どうしてるかな。母さん。一人で寂しがってないといいけど……」
母を心配するライムに、ナヴィは失礼な言葉を平気で言い放つ。
「まぁ、その点なら心配ないんだけどね……寂しがってないから、大丈夫だよ」
無神経なナヴィの発言に、ライムは怒り口調で言った。
「なんだよそれ! 心配ないってどういうことだよ!!」
ナヴィは暗い表情で、その真意を告げる。
「それはね、君がいなくなった元の世界だけど……
何度も言ってるように、“今”は止まっても、未来は動き続けている。
だから君の母は未来で生き続けてることになるわけだけど……
君は時のルールに引っ掛かり、元の世界で君は消えてしまった。消えるということは……
君は“存在しない者”になってしまうからなんだよ!」
複雑なナヴィの話に、ライムは聞き返す。
「存在しない者って……何なんだよそれ、どういうことなんだ?」
「要するに、ライムという存在は、時の流れにある“すべて”から消えてしまうんだ。
元の世界の、無限のようにある、どの未来のルートにも君は存在しなくなる……
それは未来だけの話ではなく、“過去”にも影響を及ぼす……なにせ、時の流れのすべてだからね!
だからライムの存在は、他の者の記憶から抹消され、いなかったことになってしまうんだよ……」
「記憶から……俺が消える……?」
「そう、君の母は……
『自分に息子などはいない』
そう思うようになってしまうんだ……過去の記憶もろとも、君の存在自体が、綺麗さっぱりと消えてしまう……
だから残念ながら、母は君がいなくなって、寂しがるなんてことはないんだよ」
ライムは非常に大きなショックを受けた。
自分はここにいるのに……存在するのに……
なのに“存在しない者”として扱われてしまう……
(母さん……俺はここにいるよ……? 自分の大切な息子を忘れてしまったのか?
けど、俺は覚えてるよ。母さんのこと……
俺は……俺はここにいる!!)
ライムは心の中で、ひたすら叫んだ。
しかし、その声は決して届くことはない。
寂しい……辛い……
様々な感情が入り乱れた。
ライムの目からは、思わず涙がこぼれ落ちた。
楽しかった日々、今までの数々の母親との思い出……
何もかもすべて、ライムの存在と共に
消え去ってしまうような気がした。
第11話 “存在しない者” 完




