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ツンデレールウェイ 前編

本作の前に、夏目と川端が登場する前作『ツンデレポート』をお読みいただけると、より一層楽しむことができるかと思います。


『ツンデレポート』https://ncode.syosetu.com/n7570fb/

 

 香ばしい匂いがただよっている。近くの洋菓子店からだろう。これから映画を観ようという時に、この匂いは危険だ。絶対にポップコーンを買いすぎてしまう。


 高校1年の夏目爽は、長く吸った息を静かに吐き出した。


 爽は気を紛らわすために、左隣に並んで座る川端康生やすきに顔を向けた。今日は2学期に入って初めての休日だ。


「最近、こういうベンチ増えましたよね」


 2人がいたのは、閑散とした駅のホーム。田舎町にあるごく普通の駅だが、そこにあるベンチはある点において普通のものとは違っていた。


 それは「向き」だ。よくあるように反対側のホームを向いているのではなく、そこから90度左に回転し、電車の進行方向と同じ向きに2列縦隊を作っている。


「転落を防止するためさ」


 そう素っ気なく答えた川端は、爽と同じ高校の2年生である。その横顔について爽は、腺病質な顔つきと相まって、まるでカマキリのようだという感想を持っている。彼と爽は、これから隣町まで映画を観に行くことになっていた。


「どういうことですか?」


「転落するのは、酔客が大半だ。酔ったままベンチから立ち上がって、そのままふらふらと前へ進み線路に落ちる。


 だが横向きにすれば、そうはならないだろう?」


「へえ、よくそんなこと知ってますね」


「バイト先の店長に聞いたが、関東方面ではあまり見られない光景らしいな。向こうはホームドアの設置が進んでいるから」


 川端はたまに博学な時がある。物事の本質を突くような発言をすることもあって、実は凄い人なのではと爽は川端に尊敬のまなざしを向けた。


「というのが、定説だ」


「え」


「本当は違う意味があるのだと、僕は考えている」


 川端は目を妖しく光らせると、瓶底みたいな眼鏡のフレームを指でクイと上げた。


「これはツンデレなのだよ、ワヌキ君」


「は?」


「顔を背けるように、真横を向いたベンチ。まるで、『あんたなんて知らないんだからねっ!』と言わんばかりではないか」


 爽は早くも、一瞬でも川端を見直してしまったことを後悔した。


「しかしそれは実は、酔っ払いを転落から救おうとする行為だったのだ。僕には聞こえるぞ、『もう、しょうがないんだから』という、呆れと嬉しさの入り交じった声が! なんというツンデレ!


 K鉄道万歳! これぞツンデレ鉄道の名にふさわしい。ツンデレールウェイ、万歳!」


 彼は高校で「ツンデレ研究会」なる会にたった1人所属しているような変人なのだ。熱く語り続ける川端から視線を逸らすと、壁に貼られた広告が目についた。


『万洋堂』


 はあ、これではさっきと同じ事だ。万洋堂は、このホームまで微かにただよってくる匂いの出所だった。老若男女から愛される、老舗の名店である。特にシュークリームは絶品だ。しかし高校生の爽には気軽に食べづらい値段設定となっていて、そこも悩ましい点であった。


 まもなく、1番線に――。


 無類のお菓子好きである爽は、妄想に没頭するあまり電車の到着を告げるアナウンスを聞き逃していた。ああ、もう一度あの味を堪能したいものだ。


 カシャ。


 さくさく、なのに口からこぼれることはない食べやすい生地、そして舌が蕩けるような濃厚カスタードクリーム。想像するだけで頬が緩んでしまう……。


 カシャ。


「おい、夏目君」


 川端の声で、ようやく爽は妄想から引き戻された。というか、さっきからシャッター音が聞こえるような気がする。


 爽は左隣を見た。するとそこには、スマホを構えた川端が。アニメキャラが描かれたケースが痛々しい。


 カシャ。


「て、なに勝手に人の顔撮ってるんですか!」


 川端がスマホを下ろすと、やや上気した細面(ほそおもて)が現れた。


「いや、つい――」


「『つい』とか『出来心で』とか、そういう問題じゃないでしょ! うわあ今、絶対変な顔してたよ」


 頭を抱えた爽を、ポカンとした顔で見つめていた川端だったが、すぐにニヤリと笑うと、


「ふふん、そうだな。こんな感じだ」


 スマホを爽に手渡した。爽は、口をだらしなく開けた己の間抜け面と向かい合う形になる。


「やっぱひどい! 消しときますからねー」


「残念だな。ちょうど君の写真で5000枚目だったのに。記念に贈呈しようか」


「お断りします。全然嬉しくないし。ていうか多すぎですよ、写真」


 画像一覧を開くと、美少女のイラストで埋め尽くされていた。どうせツンデレ属性を持つキャラクターなのだろう。スクロールすると、それが延々と続いていく。


 爽は一番下にあった自分の写真にチェックを入れ、削除した。フォルダの画像は1枚減って、4999枚になった。


 その時、発車を告げるブザーが鳴った。2人は慌ててベンチから立ち上がると、列車に駆け込んだ。


 ドアの横に立ちながら、爽は弾む鼓動を押さえるように、胸に手を当て息を荒げた。


「もう、先輩のせいでギリギリですよ」


「夏目君が、ぼうっとしていたからだ。おおかた万洋堂のことだろう」


「ぼ、ぼうっとなんかしてません!」


 図星を指されたのに動揺し、爽は思わず勢いで意地を張ってしまった。やはり川端は鋭い時がある。


「素直じゃないなあ。じゃあほら、君は今乗っている電車の色を覚えているか?」


「え。そんなの……」


 昨日の夕食を聞いたりする、あれだろうか。爽は考える。K鉄道は赤色の電車が多いから……今日も赤色だろう。うん、そんな気がしてきた。


「赤です」


「ふふん、そうかい」


 不敵に川端は笑った。なんだか感じが悪いぞと爽は眉をひそめた。


「そういう先輩こそ、今日の朝ごはんとか覚えてないタイプでしょ」


「そんなものは覚えていなくても、僕は自分が着ているキャラTなら毎日ちゃんと把握しているぞ!」


「うわあ、ドン引きです……」


 川端はいつも制服のシャツの下にアニメのキャラがプリントされたTシャツを着ている。それを恥じるどころか、誰に指摘されようと動じる様子さえ見せない。爽には時々、どうしてこんな先輩と関わりを持ってしまったのかと、自分を呪いたくなる瞬間が訪れる。


「先輩って将来、自分の車にアニメのキャラクターを張ってそう。痛車っていうんですよね、そういうの」


「それはもう卒業した」


「すでに乗ってたんだ!」


「中学の時の痛チャリが最後だったかな」


 ではそれ以前があったと言うことか。爽は心持ち、窓の外を遠い目で見つめる川端と距離を取った。


「まあ、待て。偏見があるようだな。


 最近はアニメのキャラが観光PR大使に任命される時代だ。公共の乗り物、バスや電車にだってキャラクターがでかでかと張られているんだぜ。デコバスとかラッピング車両っていうんだ。例えば、ほら」


 またスマホの画面を見せてきた。彼が見せたのはラッピングされた電車の写真だ。ふりふりの衣装を着た赤い髪の女の子のキャラクターが笑顔で手のひらを見せている。川端自身が駅で撮ったのだろうか、少し手ぶれしていた。


「『われらはプリティア!』の主人公だ。このアニメはアイドルグループが歌とダンスで悪の組織と戦う物語で、子供に大人気なんだぞ」


「へー、けっこう可愛いじゃないですか」


「大きなおともだちにも大人気だがな」


「台無しです」


「そんなこと言うな。ちなみに僕はレッド推しだ。あのツンデレはたまらん」


 そんなことだろうと思った。爽は川端をじろりと睨むと、腕を組んで、ため息をついた。


「ともかく、痛車とか痛チャリとか、そういうのに乗る人の気が知れませんね」


 それを聞いた川端は面白そうな顔をした。「ほう。その言葉、よく覚えておくんだな」


「な、なんですか。先輩命令でも乗りませんよ」


 身構えた爽に対し、川端は窓の外を指した。「見ろ、夏目君」


 ちょうど高架を走っているところだった。ガラス窓を覗くと、田畑に囲まれた光景を見下ろすことができる。今日も平和だ。


 すると爽は前方の道路に、幼稚園児らしき行列を見つけた。これから遠足なのだろう。キャッキャと楽しげに歩いているのが分かる。


「君はプリティアを甘く見ているようだからな。賭けをしよう。


 これから僕はあの列に手を振る。プリティ・パワーで見事、彼らを振り向かせることができたら僕の勝ちだ。賭けるのは万洋堂のシュークリームでどうだ?」


「プリティ・パワーって……」


 しかし口調とは裏腹に、双眸そうぼうの奥に炎が宿る。


「分かりました。乗りましょう、その賭け」


「そうこなくっちゃな」


 爽は内心ほくそ笑んだ。川端になんの自信があるのかは知らないが、そう都合良く幼稚園児達に注目させることなどできやしないだろう。行列とはかなり距離があるし、電車の中にいるから声をかけることもできない。


 はたして、電車はカーブにさしかかり、スピードを落とした。ガタゴトと線路が音を立てる。あと少しで行列を追い抜こうとした、その時。


「プリティ・パワ〜」


 川端は満面に喜色を湛えて両手を振った。他の乗客から注目を浴びる。シュークリームのためだと、爽は恥を忍んで窓の外を見続けた。


 しかし、爽にとって信じられない出来事が始まった。


 一人の女の子が振り返って電車を見た。するとその子は、こっちに手を振ってきたのだ。しかも満面の笑みを浮かべて、力いっぱい腕を振っている。


 さらに、まわりの子供達もそれに続いた。女の子に気付いてこっちを見ると、また笑顔になって、こちらに手を振り返してくる。


「これは驚いたな。ほら、ワヌキ君も一緒に」


「プリティ・パワー……」


 川端に促されるまま、爽は信じられない気持ちでふらふらと手を振った。いまや園児の行列は完全に停止し、爽達に向かって大手を振っていた。それは車窓から流れて見えなくなるまで続いた。




【読者への挑戦状】


 こんにちは、みのり ナッシングと申します。初めましての方も、そうでない方も、本作をお読みいただきありがとうございます。


 今回、あとがきよりも一足先に登場しましたのは、みなさんに【挑戦状】を突きつけるためです。以下に示す問いに答えていただきたいと思います。


「子供達を振り向かせたカラクリは何か?」


 この問いに正解すれば、みなさんの勝利です。


 川端と違って何かを用意することは叶いませんが、みなさんのご参加、ぜひお待ちしております。






もしご参加いただけるのであれば、小説家になろうのメッセージ機能にて回答を送っていただけると嬉しいです。ネタバレ防止のため、感想欄等に回答を書き込まれるのはご遠慮いただけると幸いです。

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