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神奈備ノ巫女 御巫転移譚  作者: 表裏トンテキ
一章 神奈備ノ巫女
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第5話 訓練? 前

「それで、学校は上手くやっていけそうか?」


 佐曇第一学園に通い続けて数日、週末目前の平日の朝。いつも通りコーヒーカップを片手に、新聞を広げていた時彦が朝食を摂りに来た和沙に尋ねる。


「そこそこ、いや……、微妙……かな。あんまり上手くやってるとは言えないよ。あ、もう少し減らしてもらえますか?」


 和沙の返事はあまり芳しくない。元からそうなのかは不明だが、どうやら人間関係を構築することが苦手なのか、自分から話しかける事が滅多に無く、また、同級生に話しかけられても相槌や適当な返事で返す事が多く、あまり会話が弾まない事がこの数日で何度も見かけられた。


「ふむ……、人見知りなのかね?」

「人が怖いとかじゃないんだけど……、なんでか会話する気が起きないんだよ」

「そうだな、初めて会った時も萎縮はしていたが、特に私の視線に怖がっている様子は見られなかった。となると、おそらくは記憶を失う前に何らかの原因があるのだろうな」


 記憶を失う前。ここで暮らすようになってから半月とちょっと。記憶を失って倒れているところを発見されてから一か月近く経つが、未だに記憶が戻る兆しは無い。


「まぁ、そのうち思い出すでしょう。そこまで気にするような事じゃないし」

「そうは言ってもな……。やっぱり親としては、息子の学校での様子が気になるものなんだよ」

「兄さんの評価はよく分からない、というのが今現在のものです」


 和沙が朝食を半分ほど片づけたところで、鈴音がダイニングルームに入ってくる。その口調はここ最近よく聞く外向けのものになっている。


「と、言うと?」

「やはり鴻川、というのが問題だそうで、この名のおかげで萎縮してなかなか声をかけられない生徒がほとんど、というのが現状です。おはようございます、兄さん」

「おはよう」


 使用人に引かれた椅子に座った鈴音は、そのまま朝食には手を付けず、手元に持った手帳に目を通していた。


「思い切って声をかけた生徒に関しても、兄さんはあまり会話をしないようで、あまり性格や交友関係が掴めていない、というのが私が収集した中でもほとんどを占めています」

「いつの間にそんなものを……」

「家族ですから。兄さんの身辺管理は私が行っています。おかしな連中に誑かされる訳にはいきませんから。……とは言っても、管理するほどの関係を築けていないのはそれはそれで問題だと思いますけど」

「うぐ……。あんまり人と話すのはなぁ……」

「人付き合いが苦手なのは理解してます。……未だに私と一緒にいるとどことなく居心地が悪そうですし。ではなく、直接兄さんと会話した人に聞いたところ、話し方自体は険があるものではないけど、目つきが怖いというのが何人かいました。……そうは見えないんですけどね」

「睨んでる、ってこと? そういうつもりはないんだけど……」

「無意識にやっているのだとするなら、和佐の学校生活に一抹の不安が残るな」

「なんとかした方がいいかもしれませんね」

「ど、努力します……」


 ようやく手帳を閉じた鈴音が朝食に手を付ける。既に食事を終えていた和沙は席を立つかどうか一瞬迷うが、結局鈴音の朝食が終わるまで待つことにしたようだ。


「では、私はこれで失礼しよう。二人も遅れないようにしなさい」


 畳んだ新聞を片手に、時彦が部屋を出ていく。その後ろ姿を見送りながら、鈴音が和沙に聞く


「朝食、それだけでよかったんですか?」

「え?」


 和佐の前には、トースト用と思しき小ぶりの皿が一枚あるだけだ。それ以外はコーヒーカップも傍にあるが、中に液体が入っていた様子は無い。

 対して、鈴音の朝食はサラダにスープ、トーストといった、至って普通のものだ。これを和沙が食べており、和佐の食事を鈴音が食べているのであれば多少は納得するが、その反対とはどういうことか。


「あぁ、朝はあんまり入らないんだよ」

「そうなんですか……」


 いぶかし気な視線を送る鈴音に苦笑いを返す。とりあえず、この場は特に追及する気はないようだ。




「はぁ……」


 昼休み、あまり人が来ないであろう場所を探して彷徨い歩き、ようやく見つけた場所で弁当の蓋を開けた和沙は、思わず口からため息を漏らした。

 量が多い。ただその一言に尽きる。

 初めて弁当を作ってもらったその日、量をもう少し少なめにするように使用人に訴えたが、どうやら両親がそれを却下していた。曰く、これから日常生活がハードになる可能性が高く、それを踏まえると体を作るためにも食事はしっかりと摂っておくように、とのこと。

 食べられないわけではない。だが、何故か体が拒絶する。


「病気なのかな……」


 中身が無駄に合成な弁当を横に置き、頭を抱えていると、どこからともなく声が聞こえた。


「どうした少年。頭を抱えてため息を吐くなんて、不幸の独奏でも奏でるつもりかな?」


 和佐が顔を上げると、腕を組んで仁王立ちの態勢をとった凪がいた。何やら随分挑発的な表情をしている。


「……そっちがどうしたんですか? こんな人の来ない場所にわざわざ来て……。それとも頭がどうかなったんですか?」

「あんた、結構失礼なところあるわよね……。用のあるなしじゃなくて、私は散歩が趣味なの。色んな場所に行って、色んな景色を目に焼き付ける。これが楽しいのなんのって。ってな感じで散歩してたら、こんな人の来ない場所で寂しく弁当を食べている後輩が一人……、これはおちょ……じゃなかった、声をかけてやらなきゃってね」

「はぁ……、めんどくさ」

「そんなことを言っても、私に見つかったからにはもう逃がさないよん。って、随分と豪華なお弁当じゃない。何? これを独り占めしようっての?」


 傍に置いてある弁当を覗き込んだ凪が感嘆の声をあげる。


「欲しいんですか? ならお好きにどうぞ。っていうか、あんたは昼飯食べてないんですか?」

「ん? 食べたよ?」

「まだ食べんのかこの人……」

「いやぁ、だって美味しいものは別腹っていうじゃん? こういうのを見たら食べなきゃ失礼、って気になんのよ」

「そういうの、なんて言うか知ってます? 食い意地が張っている、って言うんです」

「んまっ! この子ってば、そんな失礼な事をいう子に育てた覚えはありません! 健康的でいいじゃない。少なくとも、食べられないよりかはね」

「……気づいてたんですか」

「そりゃあ、もう。部下の管理は隊長の義務ですから」


 得意げな表情でふんぞり返る。しかし、これまで一緒に食事をしたことがなかったはずなのに、よく見ているものだ。和沙は素直に感心していた。


「ふふん、いっぱい食べなきゃ大きくなれないぞ、少年。身長、百七十センチないんじゃないの」


 言われてみれば、和佐と凪が一緒に立つと、ほとんど身長に差が見られない。凪自身が同年代で比べるとそこそこ背が高いのもあるが、和沙の身長が低すぎる。流石に凪よりも小さくはないものの、ほとんど変わらないというのはどうだろうか。


「父さんや母さんには言われないんですけどね……」

「言われなくても、気づいてると思うわよ? だから、昼ご飯をそれだけ多く用意したんだと思うわよ。あんた、朝どれだけ食べてきたのよ?」

「トースト、一枚……」

「はぁ!? いくら何でも少なすぎる! 花の青春時代である高校生活を謳歌するには、しっかり食べる事も必要なのよ!? それをそんな、ロクに栄養も摂らずに不景気な顔してたら舞い込んでくる青春も逃げるわよ。あ、ちなみに私は毎朝きっちりご飯三杯平らげてくるから、この魅惑のボデーを維持できているのよ!」


 シナを作りながらその場で蠢く凪。一通り動いた後、決めポーズのようなものを取りながら、和佐に向かって勢いよく指を差す。


「それで? 摂ったカロリーが全て豊満な下腹部へ向かう、と……」

「行 か な い !! ほらちゃんと見なさい! このメリハリの付いた体!! こんなナイスバディーがこの学校に何人いると思ってるの!?」

「そんなこと、いちいち確認しちゃいませんよ……」

「はぁ、はぁ……、まぁ、いいわ。でも、実際のところ、それくらい食べないと持たないわよ。今日から訓練が始まるっていうのに」

「訓練?」


 初めて聞いた、とでも言いたげな和沙を前に、凪は額に手を当てながら俯く。


「あぁ……、こりゃ説明してなかったってパターンかぁ……。七瀬の奴、いくら警戒してるからって、必要な事ぐらいは伝達しなさいよね。とにかく、今日の放課後からはあんたの実力の確認も兼ねた訓練を行うから、今のうちに取れる栄養は摂っておきなさい。じゃないと、すぐに動けなくなるわよ」

「こんなに大量に食べたら、それこそ訓練の時に吐きそうな気がしないでもないですけど……」

「動き回って吐くか、そもそも動き回るだけの体力が無くてそのまま倒れるか、どっちがいい?」

「う……、どっちも嫌だ」

「私的には前者をお勧めしておくわ。まだ意識を保っていられるだけ上等だしね」

「はぁ……」


 何度目か分からないため息を吐きながら、ようやく弁当に手を伸ばす和沙。その光景を見て、凪が満面の笑みを浮かべる。


「良きかな良きかな。若人は先達の話を聞いておくべきよ」


 もはや突っ込みは無い。和佐は、自身の許容量を大幅に超えるであろう昼食に四苦八苦している。


「あらら……、そんなに無理して詰め込んだら」

「んぐっ!?」

「ほれ見たことか」


 喉の詰まりを押し流す和佐を笑いながら見ている凪。反対に和佐の顔はウンザリとしたものになっている。


「ていうか、いつまでここにいるんですか?」

「ん?、どうしよっかな?」


 ニヤニヤとした、それでいて含みを全く感じさせない笑みを浮かべながら凪が和佐の隣に腰掛ける。

 どうやら、落ち着いて食事を摂ることは許してもらえないらしい。


「はぁ……」

「ほらほら、そんなにため息を吐いてちゃ、幸せが根こそぎ出てっちゃうわよ?」

「誰のせいだ!」


 騒がしいランチタイムはまだまだ終わりそうにない。


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