表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ただ、書いてみたくなっただけ。

作者: 虹音 雪娜


 ーーー私は、彼女が、嫌いだった。


 誰にでも愛想を振り撒き、いつも笑顔を貼り付けて、周りを取り込んでいく、そんな彼女が、嫌いだった。



「どうしたの?そんなに難しい顔して。何か悩み事でもあるの?」


 いつも通りの笑顔で、私に話し掛けてくる。

 これも、いつもの事。

 私が笑っていない時に限って、話し掛けてくる。

 それに対して、私もいつも通り、愛想笑いを浮かべて、彼女に応える。


「別に何でもないよ。ちょっと考え事してただけ。そんなに変な顔してたかな…?」


「ふふっ、変な顔なんて言ってないよ。難しい顔してるなって。こう、眉間に皺寄せて、むぅーって感じの顔」


「あはは…それを変な顔って言うんじゃないかな…ははっ」


 彼女が私の顔真似をして、それを見た私が、愛想笑いから苦笑いに変える。

 こんなやりとりも、どれくらいやっただろうか。

 彼女は、飽きもせず、私のこんな顔を見つけては、寄ってくる。

 私は、諦めて、そんな彼女が寄って来る度、応えている。


「別に変な顔じゃないんだから、そこは気にしなくていいのに。そんな顔してる理由が気になってるだけだよ」


 理由なんて、一つしかない。

 いつも通り、彼女を見てただけ。

 彼女が、嫌いだから、無意識に顔に出てる。

 だた、それだけ。

 だけど、それは、誰にも言わない。

 誰にも、言いたくない。

 これは、私の、感情だから、他人の共感なんて、必要ない。

 そう、これは、私だけの、想い。


「そんな大層な理由なんてないよ。ただ、この後の授業が苦手だから、やだなぁって思ってただけ」


 苦笑いから愛想笑いに戻して、流れるように、自分の感情に、嘘を付く。

 もう、嘘を付くことに、違和感すら感じない。

 これが、事実だと、さも当然のように、応えるだけ。


「そっか。私も次の授業はあんまり得意じゃないけれど、いやって程でもないかな」


 私の嘘に、何の疑問も持たないかのように、彼女は応える。

 貼り付いた、その笑顔の向こう側で、何を考えて、どう思っているのかなんて、私には、関係ない。

 関係ないって、確かに、そう、思っていた。


 この日の放課後、この教室で、また話すまでは…。





ーーーーーー





 放課後、職員室での用事が終わり、置いてある荷物を回収して帰宅するため、教室に戻る。

 今日も、変わらない一日だった。

 授業を受けて、友達と会話して、家に帰る。

 毎日、何も、変わらない。

 決して、嫌なわけじゃない。

 只々、何も、変わらないな、と思うだけ。

 それを退屈だと思うなら、自分で、何かを探して、動けばいいだけ。

 でも、私は、それすら退屈とは思わない、思えない。

 それは、私が、変わらない日常の中で、様々な想いを、感情を、自身の中で反芻して。

 想いを馳せて、感じる事で、今の私を、確かめる事が、生きているって思えるから。


 嬉しい事も、楽しい事も。

 苦しい事も、悲しい事も。


 得意な事も、苦手な事も。

 好きな事も、嫌いな事も。

 

 全部、全部、私の想い、私の感情。

 私だけの、もの。


 こんな感じも、いつもの事だな、と思いながら、教室に辿り着き、扉を開けると。



 ーーー教室の中に、唯一人、私の嫌いな、彼女が、居た。



 咄嗟に愛想笑いを浮かべて、私は、彼女に聞く。


「もう、みんな帰ってると思ってた。どうしたの?何か用事でもあった?」


「うん、用事…。貴女を……待ってたの」


 一瞬、意味が分からず、私の愛想笑いが崩れたと思う。

 でも、分からないものは、聞くしかないから、また表情を戻して、彼女に聞く。


「私を?何か…私に話でもあるの?」


「うん…そんなところ。少しだけ、時間、もらえるかな?」


「えと、まぁ、少しだけなら…いいけど」


「ふふっ、ありがとう。やっぱり、貴女は変わらないね…」


「変わらないって…何が?」


「どんなことがあっても、愛想笑いをやめないとこ」


「………え?」


 私の、これが、愛想笑いだって、彼女は言った。


「分かるよ。ずっと……貴女を見てたんだから」


 私を、ずっと、見ていたと、彼女は言った。

 その瞬間、私は、愛想笑いを、捨てた。


「…どうして、私を?見ていて楽しいものじゃないでしょ?」


「そんな事ないよ」


「嘘っ!だったら、ずっと見てたなら、分かるでしょ!私が!あなたの事、嫌いだって事がっ!」


 こんなに、感情を吐き出したのは、いつ以来だろう。

 言うつもりなんて、更々無かったのに。

 どうして、こんなに感情が昂るのか、自分でも、分からなかった。


「…うん、知ってる」


「っ!?じゃあ、何で私に構うのっ!放っておけばいいじゃないっ!」


「……それは、無理」


「どうしてっ!」


「貴女の事が、好きだから」


「………………え?」


 彼女が、何を言っているのか、全く、理解出来なかった。

 彼女が、嫌いな、私を、好き?

 どこを、どうしたら、そうなるのか、必死に考えてしまう自分が、何故か可笑しくて、笑いが込み上げてきて、仕舞いには、声を上げて、笑い出していた。


「ぷっ、ふふっ、あははははっ!」


「………そんなに、可笑しいかな?」


「ふぅ……久しぶりに、こんなに笑った。で、聞いてもいい?」


「うん、何でも聞いて?」


「私の、どこに、好きになる要素があるのかな?こんな愛想笑いで日常を過ごしてるだけの私に」


「……実は、私にも分かんないんだ。私の何が嫌いなんだろうって、気になって、ずっと貴女を見てたら、いつの間にか………好きになってた」


「自分を嫌いな人のことが気になるなんて、変だとしか思えないね。普通は避けるでしょ、誰だって嫌な思いはしたくないだろうし」


「………そうかも、ね。やっぱり、私、変なのかも」


「いつもいつも笑顔貼り付けて、あっちこっち愛想振り撒いて、なんにも省みないで周りを巻き込んで、私からしたら相当変な人よ、あなたは」


「……………そう、なんだ。貴女からは、私が、そう見えてるんだ、ね…………」


「あっ………」


 いつもの、貼り付いていた、笑顔が、剥がれた。

 それは、必死に、何かを、堪える様な、笑顔だった。

 ただ、その笑顔は、今まで、一度も見たことのない笑顔で、何故か、胸が、締め付けられた。

 そして、私は、その瞬間に、理解した。

 いつもの笑顔が、心からの笑顔だって。

 私が、勝手に、貼り付けているものだと、決め付けていただけだって。

 関係ないと、その、笑顔の向こう側にあるものを、見ようともしなかっただけだって。


 その笑顔から、零れ落ちた、一滴が、私の全てを、否定した。


「………ごめん、ね。私も、ちょっと、びっくりしちゃって………。まさか、こんなに、ショック受けるとは、思ってなくて……………でも、貴女が、私を嫌いな理由が、これで分かったから………ありがと」


 そう言って、彼女は、悲しそうに、寂しそうに、笑った。


「っ!?わ、私が、嫌いなあなたは……そんな顔で、笑ったりしないっ!そんなの…ズルいよ………どう見たって、私が、勝手に、決め付けて、嫌って………あなたの事、ただ表面だけしか見てなかったんだって……思っちゃうじゃない………」


 私の言葉から、力が失われていくのが、分かる。

 私の、思いは、全て、思い込みで。

 伝える事の無い思いは、誰にも、届かないはずで。

 伝えられる想いが、こんなにも、心に響くものなんだって。

 たった今、嫌いな彼女から、思い知らされた。

 それを、認めようとしている、自分自身に、驚愕しながら。

 

「私の笑顔って、そんなに作り物っぽかったかな…?貴女からそう見えてたってことは、多分、そうなんだろうね………」


「……いつも、いつも、同じ笑顔しか見てなかったから、私が、そう思ってた…だけよ。今みたいな顔が出来るなんて、知らなかったし………」


「私…こんな顔したの、今日が初めてよ?相手が……貴女だし」


「どうして私……って、そっか。私の事、好きって………」


「…うん、好きなの。私を見てる時にする難しそうな表情も、話し掛けた時の愛想笑いも、嘘を付く時に一瞬だけ泳ぐ瞳も、嘘がばれなかった時のホッとした瞬間に見せる、優しい目も………全部、好き」


 私の、全てが、見透かされてた。

 ここまで、裸にされると、恥ずかしいを通り越して、滑稽でしかない。

 

「………なに、それ。私もう丸裸じゃない……あははっ!」


「ふふっ、私が、どれだけ好きか、信じてくれた?」


「信じるも何も、そこまで私の事見てるなんて…あなたやっぱり変だよ、はははっ」


「うー…変なのは、今、貴女と話してて、自覚したよ…もぅ」


「ま、私も人の事言えないけどね」


「え?」


「嫌いなのにあなたの事見てた時点で、私もあなたと変わらないでしょ」


「……そう、だね。ふふっ」


 お互い納得して、楽しそうに笑う彼女が、私の机にある鞄を手に取って、差し出してきた。


「変な者同士、一緒に帰らない?」


「………うん、帰ろっか」


 鞄を受け取り、二人で、歩き出す。

 夕陽が差し込む教室を後にして。

 鞄を受け取るために差し出した手を、ぎゅっと、握り締められながら。






ーーーーーー


































































「なぁに書いてるの?手紙?」


「あっ、ちょっと!」


背中越しから伸びてきた手に、今これを書いていた紙が、私の前からスッと抜き取られた。


「んーなになに?『ーーー私は、彼女が、嫌いだった。』…………って、これ……貴女と私の事?」


「……そう、だけど…………」


「急にどうしたの?あ、もしかして、マリッジブルーってやつ?」


 部屋のカレンダーを、ちらりと横目に見る。

 21に付けられた、赤い、ハートマーク。


「べ、別にそういう訳じゃないけど……」


「訳じゃないけど?」


「ただ、ちょっと思い出しちゃったから、書いてみたくなっただけ、よ………」


「そっか、書いてみたくなっただけ、ね。ふふっ」


「ちょっと、笑わないでよ!誰にも見せるつもり無かったのに……」


「私にも?」


「うっ……そ、そんな事は無い、けど………」


「なら、いいじゃない、ふふっ。…………ねぇ、今、は……?」


 少しだけ、彼女の瞳が揺れた。

 昔のことなのに。

 今とは何もかもが違うのに。

 彼女の方がマリッジブルーなんじゃない?と思った。

 そんな彼女の左手を取って、指を絡めて握り、その薬指に、そっと口付ける。

 ハートマークを付けた、その日に、着けられる指輪を想いながら。


「…そんなこと、聞くまでも無いでしょ。変なのは相変わらずね」


「……うん、そうだ、ね。ただ…これ見て、聞いてみたくなっただけ、だよ」


 そう言って、今度は潤みかけた、彼女のその瞳を見つめながら、私は、愛しさを込めて、こう応えた。


「もし、続きを書くなら、『ーーー私は、彼女が、大好きになった。』は、絶対外せないから」




皆様の素敵な作品を見て、本当に書いてみたくなっただけなのです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ