第七話 喧しい
ルシファーは、信じられないものを見るような目を俺に向けている。
だろうな、俺も信じられねぇよ。
──まさか、傷が完全に癒えるだなんて。
剣を握った瞬間、まるで時間が巻き戻ったかの様に、傷口がふさがれていったのだ。さらに驚くべきことには、溶けたはずの前髪も元通りになった。
「お前のは……そういう力なのか……？」
……お前の？
「わかんねーけど、これが伝説の剣の力ってやつなのかもな」
「…………っ」
額にじわりと汗を浮かべるルシファー。明らかに今までの反応とは異なる。
「じゃあ……続きといくか！」
傷が癒えただけでなく、何故か力も溢れてくる。不思議と自信が涌き出てくる。
いける気がした。
「っしゃあっ！」
剣を振りかざし、一歩踏み出す。
すると、驚くほど体が軽いことに気づく、いつもより何倍も速く動けている気がした。ルシファーの動きがゆっくりに見えるほどにだ。
俺は程よく力を抜いて、鋭く剣を薙いだ。
「くっ……！」
ルシファーは、今度は避けられないと思ったのか魔剣で防ぐ。剣同士がぶつかり、金属音が辺りに響いた。
「おお……っ！」
「……！」
お互いに剣を引かず、均衡状態となった。
しかし、力がみなぎってきているとはいえ、コイツに力比べで勝つのは厳しいものがあるだろう。
だったら──
「……引くっ！」
「なっ！？」
俺は鍔迫り合いから一旦引いた。支えを失ったルシファーの魔剣は勢い余り空を切る。
「うおりゃぁっ！」
そして、引いた勢いそのままに左足を軸にして一回転。空いたルシファーの顔面目掛け、捻りを加えた後ろ回し蹴りをぶちこむ──
「チッ！」
が、紙一重でかわされる。流石にそう簡単にダメージは与えられない。しかし、ルシファーも予想していなかった動きのようで、バランスを崩したのは確かだ。
右足はそのまま円を描き左足の後ろへ着地──と同時に強く大地を踏み込む。一瞬の隙を見逃すわけにはいかない。俺は放たれた弾丸のように突っ込んだ。
このまま一撃食らわせてやるっ！
「……多少動きが良くなった程度で──」
それに気づいたときは、しまったと思った。ルシファーはバランスを崩したふりをしただけ、俺を自分の間合いに引き込むための罠だったのだ。
俺の目の前には、ルシファーの足の裏が迫っている。
「──調子に乗るなっ！」
「がっ……！」
顔の左半面にルシファーの右足裏がめり込み、次の瞬間には硬い大地に強く頭を打ち付けていた。
…………これでも、無理なのかよ。
「ほん少しでも私に勝てると思ったか？ ハッ、舐められたものだな。全くもって不愉快極まりない」
「く……そ…………っ……たれ」
勝てるなんて思ってない。でも死にたくはない。
だって、また、村の皆に会いたい。母さんに、会いたい。
「雑魚が粋がるほど腹が立つ事は無い……フン、どうにも気分が収まらんな……」
と、ルシファーは首を少し傾け考える素振りを見せる。
「……？」
なんだ？ 物凄く嫌な予感がする。悪寒で体が震えて止まらない。
「……そうだ。お前を殺したあと、お前の故郷を滅ぼしに行くとしよう」
「…………今、なんつった……？」
耳を疑った。というより、理解したくなかった。しかし当然冗談ではないだろう。こいつには可能なことなはずだ。
だが、余りにも軽いノリで、あっさりとルシファーは言ってのけた。つまり、コイツにとっては、本当に気晴らしをしに行くだけなのだろう。
「ふざけんな…………！ そんなこと、させねぇ……」
俺は、つい啖呵を切ってしまった。 実際は、さっき頭を強く打ったことにより脳振動を起こしているようで、全く動けない。
それでも言うしかなかった。やるしかない。体が熱くなっているのを感じる。
「口だけは一丁前だな……だが、お前にもはや興味は無い。首を斬り、故郷の奴等に見せつけてやろう」
「……！」
「人間共の絶望する顔が目に浮かぶ。一人ずつなぶり殺していこうか……クク」
ルシファーは目を細め、愉しそうに笑った。それは紛れもなく悪魔の笑み。
「っ……させねぇっつってんだろーがあぁぁぁ！！」
脳振動なんかもはや関係無い。叫ぶことで自分を誤魔化す。俺は、アドレナリン全開の手と足に力を込め、無理矢理に立った。
「喧しい」
──が、すでに俺の首目掛け、魔剣が降り下ろされていた。
次の瞬間、俺の意識はブツン、と切れた。
まるで、この世から断絶されたかのように。
