第三話 なにか冷めないか?
「む、あいつにドラゴンを殺してしまった事を伝え忘れていたな」
「あいつ?」
「魔王城に仕えているドラゴン使いだ、今日は奴から借りて来たんだが……」
「? 瞬間移動が使えるのに、わざわざドラゴンに乗ってきたのか?」
「たまには景色を楽しんでみたかったものでな」
魔王にもそういう感覚あるんだ……。
「しかし、こうなってしまうなら瞬間移動で来るべきだったか……」
「……」
そろそろ……聞いてもいいよな?
「だが、我が目を離したのが悪いのであって──」
このままでは、どうでもいい話を続けられてしまうだろう。
「あの……」
「? 何だ?」
「いや、魔王……様は何しに来た……来られたんですか?」
出来れば、自分からは聞きたくなかった。緊張して敬語もグダグダだ。声も細々としてしまっている。何故なら、魔王が伝説の勇者の後継者の元に来て、することは一つしか無いからだ。
まあ、俺が本当に勇者の後継者かということは疑問だが、それは置いておこう。
「ああ、我としたことが、うっかりしていたな。……教えてやろう、我がお前の元に来た理由はただ一つ──」
「…………」
「──貴様が、立派な勇者になる前に殺しに来た」
…………やっぱり。
ある意味当然だ、伝説にあるように魔王城で待ち受けるよりも、こっちの方が確実に決まっている。
しかも、この魔王はすでに二回も封印されているのだから、当然の思考だろう。
「……というのは冗談だ」
「……………………へ?」
思わず変な声が出た。
「我の真の目的は全く逆──お前を、立派な勇者にするために来たのだ」
「はぁ!?」
「そもそも殺したいのならば、ドラゴンからお前を助けるはずがないだろう?」
「そ、それは……まあ……」
一字一句その通りだった。
「いやっ、でも、なんでだよ! お前にメリットないだろ!?」
「そんな事は無い、というよりこれは戯れに過ぎない」
そう言って、魔王は少し微笑んだ。子供のような無垢な笑みでありながら、大人の汚く怪しい笑みの様な……。
………なんつーか、凄く気持ち悪かった。
「戯れ……遊びってことか……?」
「そうだ、人類を滅ぼして世界を征服するなど、容易すぎて何一つ面白くない」
「……随分と余裕だな、今までに二回も勇者に倒されたんだろ?」
「ハッ、言ってくれるではないか?」
魔王は心から楽しそうに笑ったが、よく見ると目は笑っていない。
それ以上言ったら殺すぞ。と、目で語っていた。
「っ……」
俺は、蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった。
それを見た魔王は満足したのか、続けて口を開く。
「確かに貴様の言う通り、我は二回、勇者に倒された。そして、魂だけの存在となり、復活の時を待った……」
「魂……?」
「前世や来世、聞いたことがあるだろう? 人間は記憶こそ受け継がれていないものの、この惑星が生まれた日から、魂はいくつもの体を経由して今、存在している」
「聞いたことはあるけど、そんなこと──」
「――なんでわかるのか? だろう?」
図星だった。
「我は、前世の記憶も受け継げ、魂の状態の時の記憶もある。故に、と言うべきか、人の魂も見えるのだ」
あっさりととんでもないことを言ってのけた。
「魂が見える?」
「そうだ!」
魔王は急に熱くなり、顔をぐいっと近づけてきた。
「見えるぞ! 貴様の、黄金に輝く勇者の魂が!」
正直、すこし怪しい占い師の様だった。
「ちょ、ちょっと落ち着け」
「あ、す、すまない……」
魔王はコホン、と咳ばらいを一つして、落ち着きを取り戻す。
「……話が逸れてしまったが、魂になった我は、次の魔王の器を探し彷徨う。最初に倒された後は百年程度でそれが見つかったが、二回目の時は三百年ほど見つからなくてな……」
「だから、ここ三百年は復活しなかったのか……って、待てよ?」
魔王の……器?
「てことは……お前のその女の子の姿も……奪ったのか、その娘から……!?」
「人聞きの悪いことを言うな、この体は元々我のモノだ」
「お前のモノって……」
「我の魔力に耐えられる、極々稀な人間なのだ」
「っ……」
「そして、三百年の時を経て復活すると、あることに気づいた」
魔王は僅かに口角を上げ──
「三百年の間で、魔力が前とは比べ物にならないほど、膨大に上がっていたのだ」
そんな、全人類にとって恐ろしすぎることを口にした。しかも、普通のトーンで。
ちょっとラッキーなことがあったんだよ、位の話し方だった。
「そういうわけで、残念なことに世界征服など、実に容易になってしまったのだよ」
…………元々、俺なんかに魔王を倒せるなんて思ってなかった。でも、そもそも倒せるか倒せないかなんて考えるのすら、おこがましかったのかも知れない。
俺は今、どんな顔をしてるだろう?
「む、そんな死ぬ直前の虫けらみたいな顔をするでない。貴様は勇者だろう?」
ぷっ、そんな顔してんのか、俺。
「……無茶言うなよ、どんな勇者でも、今みたいなことを言われたらこうなるぞ」
てか、まず俺は勇者なんかじゃない。
「安心しろ、その為の戯れだ。貴様が我の遊び相手になれ」
「……俺が? 世界を簡単に滅ぼせるお前の?」
「だから、立派な勇者にしてやるのだ、我と戦えるレベルまでな」
何故か魔王はドヤ顔をした。こういうところは見た目通りの子供って感じだ。
「……てか、世界征服出来んならさっさとやればいいだろ。長年の悲願じゃないのかよ?」
「……ずっと欲しかったものが、いつでも手に入るとなったら……なにか冷めないか?」
ちょっと遠い目をして、悟ったようにつぶやいた。
いやまあ、わからなくはないけど……そんな軽くていいの? 世界。
「だが、立派な勇者となった貴様を倒した後は、ちゃんと世界征服するから安心するがいい」
うん、何を安心しろと?




