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貴様を倒すのはこの我だ  作者: 乾 豊
第三章 奴隷少女と光の勇者
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第三十五話 イヤだから

 俺達は城に向かって走っていた。……が、正直、女帝にやられた傷が痛んでしょうがない。


「はぁ……はぁ……」

「……ショウさん、傷口を見せてください」


 ガーベラさんは足を止め、俺に話しかける。俺もつられて立ち止まり、ガーベラさんに応えた。

     

「え……は、はい……」

「これは……少し深いですね。気休めですが……〈治癒(ヒール)〉」


 ガーベラさんは俺の傷口辺りに手をかざし、呪文を詠唱する。

 すると、みるみる内に傷口は浅くなり、痛みも和らいでいった。完治ではないが、気持ち的には大分楽になる。


「うおぉ……ありがとうございます!」

「すいません、この程度しか出来ず……」

「いやいや、十分ですって!」

「そうですか、なら良かったですけど……」


 ガーベラさんは、柔らかく微笑んだ。


「それより、急がないと……!」

「そうですね……嗚呼、主よ、どうか私達の王をお守りください……!」


 手を組み、空を仰ぐガーベラさん。祈りが終わると、二人は再び走り出した。



 

  ◇◇◇




 城まで辿り着くと屈強な王の城の門番達が、そこら中に倒れていた。あるものは黒焦げで、あるものは凍りづけだ。とても人間がやったものだとは思えない。


「これは……」

「なんて酷いことを……」


 俺達が戦慄していると、最上階の窓が割れ、電気が迸った。

 更には、剣撃の音まで響いている。


「! 戦ってる!」

「あっ、ショウさん!」


 俺は急いで最上階を目指し、ガーベラさんは後を追う。

 そして、最上階で俺達を待っていたのは、衝撃的な光景だった。


「……!」

「が……ぁ……っ」

「く……っ……」

「ヴェルガ様!? ジン様!?」


 先日別れたばかりのヴェルガとジンが、血塗れで倒れていたのだ。奥には、女帝の部下である初老の執事と、金髪のお姉さんメイドが王を追い詰めていた。


「……し、シスター……?」

「お前ら……なんで……」

「……貴様等? 何故ここにいる? 陛下が取り逃がしたとでもいうのか?」


 女帝の執事が、ほんの少しだけ首をかしげる。ヴェルガ達と戦ったはずなのに、傷ひとつ付いていなかった。


「もーひとりの子と()ってんでしょ。チラッと見ただけだけど、あの子の魔力ハンパなかったもん」

「なに……では念のため、早く終わらせて戻るとしよう」


 そう言うと、王の方へと向き直る。まるで、俺達の事はどうでも良いというように。


「や、止めろ! 助けてくれぇっ! 頼むっ!」


 王は青ざめ、涙目で許しを乞う。それは一国の王とは思えぬ情けない姿だった。だがそれでも、助けなくてはならない。

 人の命をなんとも思わない奴らを、放っておくわけにはいかないから。

 この町の人達を傷つけた奴らを、許すわけにはいかないから。


「安心してください。まだ殺しはしません。……おい、やれ」


 執事はメイドに目配せをする。


「はいはい。ってか、指図しないでよ──」

「──待てよ! 俺を無視すんじゃねぇっ!!」

「……」


 俺が眼中にないといった態度にちょっとイラっとし、叫んだ。だが、それもまた聞こえていないかのように無視される。


「っ……無視すんなって言ってんだろーがっ!」

「……ダメ」


 痺れを切らして飛び出した俺を止めたのは、黒髪の奴隷少女。宝石のように輝く黄昏色の瞳が、俺を強く見つめていた。


「! ……どけっ!」 

「ダメだよ。ボクたちの邪魔しちゃ」

「そーいうわけにはいかねぇんだよ!」


 無表情で語りかける少女と、激昂しながら叫ぶ俺。それは全くもって対照的だった。

 だがそれでも、俺には冷静さは残っている。この自分と同い年位の少女は、きっと奴隷となったから仕方なく、不本意ながらも女帝達の側に居るだけ。そう考えると、斬り捨てて通ることはできなかった。

 

「でも……死んじゃうよ?」

「……!」

 

 ポツリと、言った。

 無表情だが、その言葉は本気で言っていることがわかる。

 そして、彼女の瞳を見ていると何故か、死のイメージがこれ以上ないほどくっきりと浮かんできた。

 ……俺は、急にどうしようもない恐怖心にかられ──


「っ……うるせぇぇぇっ!」


 ──剣を少女に向かって薙いでしまった。


「……」 


 ……だが、俺の剣は少女の首の一センチ前で止まる。

 手が震えていた。なんでだ。なんで──


「……なんで、避けないんだよ……?」


 彼女は瞬きすらせず、その場に立ち尽くしている。何事もなかったかのように。

 俺の心は、数秒前とは別の恐怖に支配されていた。死への恐怖ではなく、死を恐れない彼女への恐怖に、だ。


「だって、ボクを殺す気無かったでしょ?」

「な……っ!」


 少女は変わらぬ表情のまま、核心をついてくる。

 ……確かに、そうかもしれない。俺は本気で剣を振るってはいなかった。否、振るえなかった。

 いや、だとしてもおかしい。彼女に恐怖というものはないのか? それとも、死ぬことが恐くないのか? 今だって、王は死の恐怖で怯えているというのに──


「……ぁ」


 ──と、ここでやっと俺は、王を助けるという目的を思い出した。


「っ……どけ!」

「わ」


 俺は少女の肩を掴み、横にどかした。少女の口からは小さな驚きの声が漏れる。


「お前ら、王から離れろ!」

「……」


 だが、返事が返ってくることはない。


「そーかよ、とことん無視か。だったらこっちから行くぞ──」

「──ダメだってば」


 剣を構え突撃──しようとした体が、止まった。


「っ……!?」


 目線を落とすと、無数の黒い触手が俺の体に絡み付いていた。ぬるっとした、気持ち悪い感触だ。


「なんだよ……これ……!?」

「【ジギー】だよ」


 少女は即答する。どうやらこの触手は彼女の背中辺りから出てきているらしい。

 ジギーとはなんなのか、魔法の名前なのだろうか。だが、そんなことを考えている暇はなかった。


「くっ……うぉぉ……っ!」

「無理だよ」


 俺は触手を引きちぎろうと全力で体を動かす。が、ビクともしない。


「っ……くそ……」

「ごめんね。でも、キミを通しちゃったらボク、またお仕置きされちゃうから」

「……お仕置き?」


 無機質な、その言葉に俺は反応してしまった。


「ムチで叩かれたり、電気を浴びせられたりするやつの事だよ」

「……!」


 少女はさも当たり前というように呟く。実際、彼女にとっては当たり前の事なんだろう。

 そして、そんな少女の言葉を聞いて、俺は──


「……っ」


 ──つい、力を緩めてしまった。


「……優しいんだね」

「……」


 無感情な彼女の言葉は、心からの言葉には思えない。だが、偽っているようにも思えなかった。


「……でも、ボクの事は正直どうでもいいんだ」

「え……?」


 声のトーンが少し変わった気がする。なんとなく、心をほんの少し開いたような、そんな声。

 少女は俺の耳元に顔を近づけて、続きを囁いた。


「──キミに死んでほしくない。もう、誰かが目の前で死ぬのはイヤだから」

「……!」


 ──瞬間、ザクッ! という音が響き、触手が切断された。


「あれ?」


 不思議そうな声をあげ、少女は少しだけ目を見開く。

 少女と俺の間に入り触手を断ち切ったのは、蒼い髪をなびかせたこの国の第四王子──ヴェルガだった。


「ヴェルガさん!」


 解放された俺は、少し前のめりによろめきながら、彼の名前を叫んだ。

 ガーベラさんの治療が終わったのだろう。だとすれば、ジンも──


「──ぅおぉぉぉあぁっ!」

 

 ここで俺は、しまったと思った。

 気づいたときには、ジンは奴隷少女を後ろから貫こうと槍を構えていたのだ。それも当然、この少女は王を狙う敵である。

 だが、俺にはどうしてもこの娘は敵とは思えない。


「ま──」

 

 ──「待て」というより早く、ジンの槍は少女の胸辺りを貫き、そこから血が勢いよく溢れ出した。


「ぁ」


 少女のか細い、小さな小さな声が──漏れた。


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