第十話 貴様を倒すのはこの我だ!
「…………は?」
理解が出来なかった。魔王の血? 魔王はお前だろ?
「……三百年前、我が魔王の器としたのは、成人の男だった。そして、いい機会だと思い、数多くの女と交配したのだ。魔王の後継者を残すためにな。」
「……ま、待てよ! だったら魔王じゃなくて、その男の人の血じゃないのかよ!?」
ショックで動かない頭を必死で動かし、食い下がる。
「我に乗っ取られた時点で、最早人間ではない。何より、貴様のさっきの力は、間違いなく我の血を引いたものだ。瞳が紅に染まったのがいい証拠だ」
さっきの力……紅の瞳……魔王の血……?
「痛っ!?──ぁ…………そう……だ」
頭痛と共に、さっきの記憶も川の流れのように次々と蘇ってきた。
そうだ、確かに俺は衝動のままに動いていた。しかも、自分のものじゃなく、自分の中の奥深くにある《何か》の衝動。
いうなれば、破壊衝動。
「思い出したか。本能のままに戦う貴様は中々に格好よかったぞ」
「……うるせぇ」
俺は、冷や汗をかきながら頭を抱え込んだ。力が手に入ったことよりも、自分の中に違う自分がいることが怖かった。もう一人の自分と無意識の内に代わってしまっていたのが恐ろしかった。
「俺は……」
「む?」
「……俺は、勇者じゃないのかよ!? 流れてるとしたら勇者の血じゃないのかよ!?」
嫌な汗が止まらなかった。嫌だ、認めたくない。認めたくない!
「……知らん。だが勇者の魂がお前の中にあるのは確かだ」
「っ……」
体の力が抜けていき、へなへなとその場にへたり込む。
今日だけで、衝撃的な情報が多すぎて頭が破裂しそうだ。
「……」
「……」
そんな俺に気を使ったのかは知らないが、魔王も黙り込んで長い間が開く。
しばらく経って、口を開いたのは俺だった。
「……あのさ、俺の父さんは、俺が生まれる前に死んじゃって、一人っ子だし、ずっと母さんと2人で農家やりながら普通に生きて来たんだ」
「…………そうか」
魔王の声は、少し悲しそうに響いた。もしかして同情してくれてるのかな。
……ってあれ、俺何でこんなこと、魔王なんかに話してんだ?
「そんでこないだ魔王が復活したとか村の奴らが騒いでさ、全く興味なかったんだけど、勇者と同じあざがあるからって、持ち上げられて旅に出されてさ……」
「……」
別に話したくないのに、口をついてどんどん出てくる。
いつの間にか、涙まで出てきていた。
「……なあ、魔王」
「なんだ?」
やばい、言ってしまう。何でこんな奴に。
……でも、もう止められない、我慢できない。
「…………俺って、一体誰なんだ? 何なんだ!?」
俺は、魔王に縋りつくように叫んだ。
涙とともに、本音が溢れてきた。誰にも言えなかった、本音を。
ああ、やめろ俺。そんなことコイツに言っても変わるはずないのに。意味ないのに。確かに、誰かには聞きたかったけど、なんでよりによって魔王なんだよ。アホか。
「それを、我に聞くのか?」
「……そうだよな。お前に聞いても意味ないよな……忘れてくれ」
目からこぼれる涙を右手で拭きながら、言った。
「確かに我は、その質問に答えることはできぬ。そして、他の誰にも答えられないだろう」
「…………だよな」
我ながら、なんて馬鹿な質問をしていたのだろうかと反省する。
「──だからこそ、自分で見つければいいではないか」
「……ぇ」
意外な魔王の言葉に、俺は伏せていた顔を上げる。
「少しずつでも、旅をしていれば見つかるはずだ。本当の貴様が、な」
魔王は、少しだけ微笑んでいたように見えた。
「我に付き合うというならば、貴様の自分探しに、多少手を貸してやっても良い」
「……!」
まさか、魔王がこんな提案をしてくるとは。今日だけで魔王の印象がヤバイ位変わりまくっている。
「……ギブアンドテイクってやつか?」
「そうだな、貴様が自分自身を見つけたところで結局は殺すが」
「ははっ、俺のお前へのギブでかすぎだっつーの!」
俺は、いつの間にか笑いながら話していた。
さっきまで泣いていたのは、まるで嘘だったみたいに。
「オッケー、乗ってやるよ魔王。やっぱこのまま一農家として死ぬより、自分を見つけて死んでやる。……ついでに魔王を倒しちゃったりしてな」
「ふっ、面白い冗談だ。だが何はともあれ契約成立、だな」
俺たちはどちらからともなく、右手を差し出し、契約の握手を交わした。
「……でも、魔王に自分探しのやり方なんてわかんのか?」
「自分探しにやり方などない。まずはわかっていることからだ、貴様の名は?」
「ああ、言ってなかったな。俺は【ショウ】だ」
名乗ったのなんて何年ぶりだろうか。村から出たことなんてなかったからな。
「良い名だ。それが貴様という存在証明の第一歩だな」
「はは、なんか大げさだな……あ、お前は名前、無いのか?」
「ない、名乗る必要もないからな。魔王で十分だ」
まあ、世界中に知れ渡ってるしな、俺とは違って。これ程にはっきりとしている存在はいないだろう。
「よし、ではいくぞ。どんどん戦ってレベルを上げていけ!」
そう言って魔王は走り出した。俺も後に続く。
「ああ! でもルシファーみたいのはまだ勘弁だからな!」
「ふっ、何が来ようと恐れるな、そして負けるのではないぞ──」
魔王は振り向いて、今日一番の笑顔を浮かべてこう言った。
「貴様を倒すのはこの我だ!」




