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木漏れ日  作者: bashi
8/8

8月の夏。田村中尉との出会い。思い出。

世界中を巻き込んだ戦争が終わって早2年が経った。ゲルマ領であった軽井沢は、ゲルマ人が引き払ったため、全て日本人の物になった。私の草津軽便株式会社も、軽井沢開発計画の一環で、軽井沢方面まで路線が延びることとなった。有難いことに、鉄道敷設の予算は全て国が出してくれた。さらには、鉄道敷設は、陸軍鉄道連隊が請け負ってくれた。よく考えたら、鉄道を潰さず、地元民の要望をしっかり聞いていた賜物であるかもしれない。


鉄道連隊の方々は、8月の暑い時期だというのに、一生懸命働いてくれる。戦争中には、最前線で戦い、鉄道補修を行った面々だ。絶え間なくツルハシを振るい、夏服に作業帽が、汗で輝いている。若さの中に情熱があることが、一目で分かる。


「さあさあ。10時ですよ、皆さん。休憩してください。饅頭と冷やし飴を用意いたしました。これで英気を養ってください。」


鉄道連隊の方々は、大喜びで食べてくれた。森の木々は、青々とした緑で、爽やかな風に揺られている。


その中で私は、ある若い尉官に目が留まった。まだ二十歳そこそこの好青年で、星が2つであるから中尉だろう。長靴を履かず、兵卒と同じゲートルを巻いて、監督し、時には自分も作業用機関車を動かし、ツルハシを振るっている姿にとても感心してしまった。そして、饅頭と、冷やし飴を、美味しそうに食べてくれていた。是非とも、後で彼の働きを労いたい。隊長たちと同席させると、彼も心地が良くないだろうから、若い社員と私で会食を摂ることにしよう。


2日後の夜。私はマディラマインを用意し、吾妻の食材を使った料理で、例の中尉と会食をした。中尉は田村尚登君という好青年。年は二十歳になったばかりとのこと。


「いやーあなたのような方が来てくれて大助かりです。うちの若い社員のお手本にもなりましから。」

細い体にしっかりと筋肉が付き、女形をやれそうな顔立ちの田村中尉は、少し照れながら、


「いえ、そんなことないです。任務ですから。命令に従うだけです。」

「おお、これでこそ軍人の鏡、いや、鉄道員の鑑です。あなたを会食に招いてよかった。さあさあ、甘口のマディラワインもどうぞ。」

「ええ。いただきます。」

ワイングラスを傾け、美味しそうに飲む姿は、軍人ではなく、年相応の若者であった。その、軍に染まり切っていない姿に、自分を重ねているのかもしれないと、私は思った。シカ肉のワインソース掛けも、ニジマスのアヒージョも、田村君は綺麗に食べてくれた。やはり君と付けた方がしっくりくる。


もう、大分夜も深まり、あと20分で田村君が帰る頃合いに、私は2人で話す機会を得た。何故かは記憶にない。彼は、喋ってみると、些か覇気が無いように感じた。


「なんだね。君は立派に戦い、今もこうして貢献してくれている。もっと胸を張りたまえ。」


私は、少し強く言い過ぎたのかもしれない。


「ええ。そうしないと、国民の士気にかかわりますもんね。」


なんだか、若いころの自分を見ているようだった。最近は、すっかり戦争の雰囲気に呑まれ、国のために戦う人々に感動し、自分も頑張らねばと思っていた。しかし、若いころ、実際に戦っていたとき、自分は何を思って戦争していたのだろうか?


「いや、そういうことではなく、君だってこの戦いを通して、色々学んだんだろ?」

「そうですね。色々学びました。色々学んだ中で、人間は、大切な人を失うときがある。孤独であるということですかね。それが分かっているから、僕は今も任務をこなしているのです。」


「そうかね。しかし、君は軍人だと思っているのだろう?」

「確かに軍人ですが、第一には、鉄道員です。列車を正確に走らせ、そのためならどんなことでも妥協しない。これがぼくのモットーなんです。夢なんです。」

「・・・そうか。君は軍人でなく、鉄道員か。」

「ええ、鉄道が好きですから。鉄道から、戦争より遥かに大事なことを教わりましたから。」

「なるほど。君は、良い軍人になるぞ。」

「いいえ、それほどでも。」


彼の顔には、悲しみと、志が映し出されていた。


「それでは、今日は本当にありがとうございます。あなたのご厚意、一生忘れません。それでは。」


田村君は、ピシッと国鉄式の敬礼を行い、帰って行った。


私は、彼の強さを知った。自分の心に忠実であろうとする強さ。しかし、やるべきことをしっかりこなす心意気。そして、悲しみをこらえる顔。彼の美しい顔には、そんな表情が読み取れた。


本当は立ち止まりたい。しかし、若い。やるべきことがある。立ち止まれない。この悲しみをバネにする心を、彼は持っていたのだ。私はそう思う。


恐らく、彼には、今後さらなる困難が待っているだろう。何故だか私はそう思えた。しかし、彼なら、それを軽々と乗り越えてしまうだろう。


私はどうだったか、今の私には思い出せない。思い出したくないのだ。立ち止まってしまうから。私には、そのような強さがない。50歳を過ぎてみて、昔のような覇気が亡くなって来たのかもしれない。しかし、しっかり、自分の過去と向き合っていきたいものだ。そう思える、8月の夜であった。



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