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人類図鑑  作者: 飛島 明
7/8

口なし女

 噂が立った。

 なんでも旅人が、わたくしの庵から還らぬのだという。


「さては物の怪に喰われているに、違いあるまい」


 噂が噂を呼び、とうとう高い徳を積まれた僧侶様が、わたくしを調伏すべくおとなわれた。



 僧侶様がわたくしをご覧になって、驚かれた。

 それもその筈、わたくしの鼻の下には口がない。


「なぜ、かようなことに? ……鬼にでもお遭いになりましたのか」


 わたくしはふるふると首を振り、小机に向かうとさらさらと書いた紙を見せた。

『わたくしは毒を吐くのです』


 僧侶様の手が数珠を握り締められた。


『わたくしの心には、毒が棲んでおります』


「……」


『毒が口を通り言葉となると、人々の心に入り込み、傷つけてしまうのです』


「なんと」


 僧侶様が、わたくしを痛まし気に見つめられた。


『人々が立ち去ってから、気づくのです。”ああ、また毒を吐いてしまったのだ”と』


 僧侶様は同情してくださった。

(尊い御身が、わたくしごときに)

 なんと、徳の高いお方であろうか。


『”いっそ、口など無ければ人に毒を吐かずに済むものを”。神仏に祈りを捧げておりましたら、ある日口が無くなっていたのでございます』


 僧侶様は感動した面持ちで仰せになった。


「毒は人の心に在るものを。貴女は人々を傷つけまいと、ご自身の口を無くされるとは。なんとご立派なお心持か」


 わたくしは、また。ふるふると首を振る。

 僧侶様がお尋ねになる。


「時に、食物はどう摂りなさる。食べねば、お体に障ろう」


 わたくしは、また小机に向かうとさらさらと書いた紙を見せた。

『ご心配なさらず……?』


 僧侶様がハテと頭を傾げられた、その時。


「ぐあっ」


 気づいたのが先だったか、息絶えたのが先だったか。

 僧侶様の絶叫まで、わたくしの口の中に呑み込まれたのだった。





「徳の高いお方というのは。少し筋張っているけれど、美味しいわね」


 にいい。

 わたくしの顔の後ろに咲いた紅く嗤う口を、ぞぞぞと髪が覆い隠したのでございました。

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