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人類図鑑  作者: 飛島 明
6/8

生殺与奪の女

「被告人。意見を述べなさい」


 あたしは前に進み出た。

 すう。息を吸う。

(大丈夫。正義は我にある)


「あたしは上りエレベーターに乗っていました。そうしたら人が、上から降ってきたんです」


 ふ、と上を見たら、まさに人が上から降ってくる処だった。

 きっと、脚を滑らせたか何かして、バランスを崩したのだ。


「あたしは咄嗟に”巻き込まれたら死ぬ!”と思いました。だから避けました」


 あたしが避けた結果、何度もエスカレーターのステップにぶつかった。降ってきた人は、下までノンストップだった。検視の結果、首の骨を折って死亡した。


「貴女が避けたのを見て、貴女より下の方達も皆、避けたんですよ……! 貴女に良心は無いのかっ」


 検察官が言う。


(でも、それってそんなに悪い事?)


「巻き添えにならなかったから、死者が一人で済んだのではないですか? それに、上から何十キロもの人が落ちてくるんです。受け止めた方だって、無事では済みませんよね」


 あたしが言ったら、検察官が言葉に詰まる。


「それに」


 あたしは検察官を見て、裁判官を見て、陪審員たちをゆっくりと眺めまわした。


「そんな状況になった時に咄嗟に受け止める人が、この中にどれだけいらっしゃるんですか?」


 皆、一様にあたしから目を逸らして。


 ざわざわざわ。

 部屋の中にひそひそ声がさざ波のように広がった。


「静粛に!」

 裁判長が室内を嗜めると、水を打ったように静寂になった。



 裁判官が陪審員たちに採決を委ね、陪審員たちは慌ただしく部屋を後にした。

 数十分後、協議して戻ってきた陪審員たちの採決の結果、あたしは無罪となった。


(当然よ)

 電車のつり革が空いてるにもかからわず、掴まらずにスマホに夢中の奴。いきなりの電車の揺れに躰が傾しいでも、あたしが支えてあげる義理はない。


 結果、将棋倒しの下敷きになったって自己責任じゃない?


 エスカレーターから降ってきた人だってそう。

 アンタが落ちれば、下の人が大迷惑なんだよ。


 あたしだって、そんな事になったら一人で落ちたい。

 だって、あたしが助かって、あたしを受け止めてくれた人が死んじゃった日にはどうするよ。

 だったら、あたしは一人で死にたい。


 その方が、人を巻き込むより何十倍もマシだから。






 ◇□◇◇□◇◇□◇◇□◇




(まただよ)

 あたしはうんざりした。

 どうしてあたしの上から人が降ってくるの。


 また、避けようとした。が。

 あたしはあるマークを見てしまった。


(妊婦マーク!)

 数か月前、あたしがエスカレーターで脚を滑らせてなければ、あたしもまだ、あのマークを付けている筈だった。


(あたしが脚を踏み外さなければ)

 あたしを庇ってくれた夫も、お腹に居た子も天国に行く事はなかったのに。


 考えるまでもなかった。

 咄嗟に、あたしは躰を張って、上から落ちてきた人を受け止めた。


 やっぱり衝撃と重さをあたしは受け止めきれなくて、そのまま、仰向けに躰がのけぞる。

(離さないから、絶対に)

 だから、貴女は立派な赤ちゃんを産んで。














「……という、人を殺しもし、また助けた女なんですが。閻魔大王の妻さま。この女にはどの地獄がふさわしいでしょうか」


 三途の川の渡し守である牛頭鬼、馬頭鬼が、女の罪状を奪衣婆に問うた。

 罪の重さで辿り着く地獄が違う。


 その地獄にはそれぞれ閻魔大王が居て、罪状を言い渡す。

 奇妙なことに、閻魔大王はそれでも、たった一人だ。


「そうねえ」


 奪衣婆は女から剥ぎ取った衣を見て、思案した。

 彼女が死者から奪った衣は、懸衣翁という老爺によって衣領樹にかけられる。衣領樹に掛けた亡者の衣の重さにはその者の生前の業が現れ、その重さによって死後の処遇を決めるとされる。





 彼女の罪の重さは、妻の胸先三寸。

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